伊勢神宮・外宮(-JINGU- ◆ GEKU)『正宮(SHOUGU)』

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伊勢神宮・外宮(-JINGU- ◆ GEKU)『正宮(SHOUGU)』

伊勢神宮・外宮(-JINGU- ◆ GEKU)『正宮(SHOUGU)』

創建年

  • 不明
  • 推定478年(雄略天皇22年)
建築様式(造り)

  • 切妻造り
  • 平入
  • 掘立柱
  • 素木造り

※唯一神明造り

御正殿外周の造り

  • 簀の子縁(すのこえん)
御正殿外周・高欄上部

  • 五色・据玉(すえだま/宝玉)31個
屋根の造り

  • 茅葺き(萱葺)
屋根の材料

  • 檜(ヒノキ)
大きさ(御正殿)

  • 棟持柱の高さ
    地面から棟まで:約10m
    全高:約12m
  • 地面から床まで:約2.5m
  • 梁間(横幅):不明(推定15m)
  • 桁行(奥行):不明(階段部分含め推定9m)
御祭神(御正殿)

  • 豊受大御神
  • 推定:天児屋根命(相殿)
  • 推定:太玉命(相殿)
社格

  • 伊勢神宮・外宮(豊受大神宮)「正宮」

伊勢神宮「外宮・正宮」の読み方

内宮の読み方

外宮の読み方は「そとみや」ではなく「外宮(げくう)」と読みます。

正宮の読み方

正宮とは「せいぐう」や「まさみや」、他には「しょうきゅう」「せいきゅう」などとも読めますが、「正宮(しょうぐう)」と読みます。

外宮・正宮(豊受大神宮)の御祭神「豊受大御神」

伊勢神宮には、難しい漢字の社殿や神様が存在しますが、「豊受大御神」の読み方は、「とようけ おおみかみ」と読みます。

豊受大御神の名前の由来

豊受大御神の「豊」は「豊か」「豊穣」などの意味合いがあります。

「受」は、古くは食べ物(五穀)のことをウケと呼称したそうです。

他にも、「朝食(あさゲ)」や「夕食(ゆうゲ)」は、古来では「アサケ」「ユウケ」と呼称されていたようで、これらの「ケ」からの由来も重なっているとされています。

豊受大御神は、日本書紀には存在せず、古事記にのみ名前が存在し、その生まれはイザナミ神の尿から生まれ出でた「和久産巣日神(わくむすびのかみ)」の子神「豊宇気毘売神(とようけびめ)」と云われています。

また、日本書紀によると、「保食神(ほしょくしん)」と云われており、他にも数多の別名がある神様です。


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内宮・正宮(皇大神宮)の御祭神「豊受大御神」のご利益

上述にて、既にお分かりのとおり、豊受大御神のご利益は、五穀豊穣を元とした食物に関してのご利益があります。

他にも、「一家繁栄」・「農業関係の職業の繁栄」などのご利益があります。

しかし、「神宮の外宮の大御神」なので個人のお願いではなく、日頃の感謝の意と国民全体の幸福を祈願する場所とされています。

したがって、個人的なお願いは豊受大御神の荒魂がお祀りされている「多賀宮」でされるのが賢明です。

豊受大御神が現在の外宮に来た(遷移)経緯

豊受大御神は、元は丹波国の「比治真奈井(現在の丹波郡 峰山町・大宮町)」に鎮座する神、「等由気大神(とようけのおおかみ)」であったようです。

しかし、「雄略天皇」の夢枕に現れた「天照大御神」直々の神託により「外宮の度会神主」によって、現在の外宮へ遷されたと云われています。

その他の豊受大御神の別名

  • 等由気大神
  • 宇迦之御魂神
  • 大物忌神
  • 大宜都比売
  • 保食神
  • 稲荷大神

など数多。

伊勢神宮の外宮(豊受大神宮)・正宮の内部の構成【写真/画像図】

伊勢神宮の外宮・正宮には、御正殿だけではなく、以下↓のような社殿も建立されています。

【会員の最大特典】御垣内特別参拝について外宮の内部の配置地図も内宮とほぼ同じとなっています。

ただ内宮との相違点とは、次のとおりです。

  • 南入口から見て「西宝殿」と「東宝殿」の配置が違う。
  • 外宮には「外弊殿」と「御饌殿」がある。(参拝不可)
  • 御正殿の大きさ内宮の方が一回りほど大きい
  • 内宮の「中重鳥居」にのみ「天八重榊」と呼ばれる「榊」が両方の柱に立てられている。

伊勢神宮・外宮「北宿衛屋・南宿衛屋」

伊勢神宮の(内宮・外宮)の正宮へ特別参拝(御垣内参拝)をする際、正宮の北側と南側の出入り口に「宿衛屋(しゅくえいや)」と呼ばれる建屋があります。

北宿衛屋・南宿衛屋の役割り

この建屋には神宮の神職の方が待機しており受付をしています。

受付とは「参宮章」を提示して御垣内へ入室する許可を得るための受付です。

つまり、特別参拝(御垣内参拝)のことを指し示します。

宿衛屋では、名簿に名前・住所などの記帳を済ませ、さらに「清めの塩」でのお祓いがあり、その後に神職の方の案内で「中重(なかのえ)」と呼ばれる御垣の中へ進みます。

ちなみに、一般の参拝客が入場できるのは「南側の宿衛屋」からです。

伊勢神宮・外宮「四丈殿」

建築様式(造り)

  • 切妻造
  • 平入

※唯一神明造り

屋根の造り

  • 萱葺(茅葺き)

「四丈殿(よじょうでん)」の四丈とは、建屋の大きさ(丈)を表しています。

すなわち、横幅(正面)約13mの長さあるということになります。

四丈殿は、「中重(なかのえ)」と呼ばれる、少し大きい広場の右脇、南御門の前あたりに建てられています。

四丈殿の役割

四丈殿は、雨天の時に主に使用される社殿であり、主に「大祓」などの行事に使用されます。

御正殿の屋根上に設置されている「堅魚木(かつおぎ)」の数が9本なのに対して、四丈殿は8本なので御正殿は、四丈殿よりもさらに1.5mから2mほど大きいことになります。

伊勢神宮・外宮「東宝殿・西宝殿」

建築様式(造り)

  • 切妻造
  • 平入

※唯一神明造り

屋根の造り

  • 萱葺(茅葺き)

東方殿・西宝殿ともに、御正殿と同じく「唯一神明造り」で造営されています。

屋根の造りも、御正殿と同じく「萱葺きの屋根」です。

サイズは御正殿に比べて、少し小さいサイズの社殿となります。

東宝殿・西宝殿の役割り

上記で内宮とは、少し配置が異なり、南側から見て御正殿の前方に、お社が2つ並んでいます。

このお社(社殿)は「宝殿」と言って、遷宮時に奉納された御神宝や装束、衣、武具、秘宝が安置されています。

西宝殿に収められているもの

西宝殿には、40年前(前回のその前の遷宮の時)に奉納された「古神宝類」が、大切に保管されていると云われております。

古神宝とは、古い神宝の意味です。

40年前となると前々回の神宝となりますので「古神宝」となります。

東宝殿に収められているもの

一方、東宝殿には神宮で執り行われる行事である「月次祭」「神嘗祭」「祈年祭」「新嘗祭」で、天皇(皇室)からの勅使から奉納された品々が、大切に保管されていると云われております。

勅使よりの品々とは、以下↓のような品々になります。

「布帛」「衣服」「紙」「玉」「お酒」

なお、東宝殿・西宝殿は、一般の方は「拝観(参拝)不可」とされています。

伊勢神宮・外宮「外弊殿」

建築様式(造り)

  • 切妻造
  • 平入

※唯一神明造り

屋根の造り

  • 萱葺(茅葺き)

外弊殿には「古神宝類(こしんぽうるい)」が納められているとされています。

外宮の外弊殿も一般の方の参拝(拝観)は叶いません。

※「外弊殿」の詳細につきましては、以下↓の当サイトの別のページでご紹介しておりますので、そちらをご覧ください。

伊勢神宮・外宮「御饌殿」

建築様式(造り)

  • 切妻造
  • 平入

※唯一神明造り

屋根の造り

  • 萱葺(茅葺き)

ここでは、「日別朝夕大御饌祭」の際に、調理された神饌(お供え物)が、大御神に捧げられます。

外宮の神事でもっとも有名なものの1つが、この「日別朝夕大御饌祭」です。

この神事は外宮の創建以来、戦国期の約120年間を除いて、現代に至るまで1000年以上、毎日繰り返し行われています。

この「日別朝夕大御饌祭の神事」は、以前は内宮で執り行われていましたが、「外宮の創建、ならびに御饌殿の創建」と同時に内宮から外宮へと変更されています。

御饌殿の中の様子

御饌殿の中には、「6つの供進台」が向かい合うようにして設けられているそうです。

この「6つの供進台」とは、すなわち「内宮の3柱神」と「外宮の3柱神」を示します。

ちなみに、ここでの「供進台」とは「神座」と呼ばれる「短い脚付の机」の事です。

そしてさらに、台座には「光沢のある美しい絹」が丁寧に覆い被せてあり、その上に「神饌(お料理)」を捧げるようです。

つまり、この神座に「天照大御神」や「豊受大御神」を始めとした6柱の神様たちが、向かい合って共に食をされることになります。

なお、神饌を調理する神職は、前日から「斎館」にて清めを行い、早朝5時から調理されたものが捧げられるようです。

お供え物の種類

  • 白米
  • 御水
  • 海藻
  • 野菜
  • 果物
  • 神酒

外宮・「日別朝夕大御饌祭の神事」引用先:http://www.asahi.com/

同じく、この外宮の御饌殿も一般の方の参拝(拝観)は叶いません。

↑外宮の正宮を上から見た航空写真(遷宮時)↑外宮の正宮を上から見た航空写真

※正宮の内部は写真撮影が禁止のため、敢えて上空からの写真でご説明をさせていただきます。

御正殿へたどり着くための正宮の4重の御垣

伊勢神宮・外宮/正宮の「御正殿」では、五穀豊穣の神様、すなわち、食の神様である「豊受大御神(とようけ おおみかみ)」が祀られています。

「豊受大御神」は「正宮・御正殿」に鎮座されており、「御正殿(ごしょうでん)」は、「4重もの御垣(みかき)」に囲まれており、つまり、御垣のもっとも奥にご鎮座されております。

※外側⇒内側↓

  1. 板垣(いたがき)
  2. 外玉垣(とのたまがき)
  3. 内玉垣(うちたまがき)
  4. 瑞垣(みずがき)

このうち、一般の参拝者は、「板垣」と呼ばれる垣根までしか、入ることができません。

分かり易い例に例えると、正宮の入口に垂れ下がっている「御幌(みとばり)」と呼称される「白い布」までです。

そして、御正殿にたどり着くための垣根には、上記の4つの垣根の他に、4つの出入り口(門)が存在します。

この4つの出入り口は、各垣根の設置されているもので、北の方角と南の方角に各、4つ存在しますので、合計で8つ存在することになります。

ちなみに、御正殿は南の方角を向いていますので、御正殿と相対するのは南方向となります。

そして、これら4つの出入り口(門)を通って御正殿までの道のりを歩みます。

4つの出入り口(門)とは、以下↓のような門になります。

【会員の最大特典】御垣内特別参拝について↑正宮内部の絵図面(外宮は右)

御正殿へたどり着くための正宮の4つ門

※外側⇒内側↓

北方向

  1. 板垣北御門
  2. 外玉垣北御門
  3. 内玉垣北御門
  4. 瑞垣北御門
南方向

  1. 板垣南御門
  2. 外玉垣南御門
  3. 内玉垣南御門
  4. 瑞垣南御門

なお、一般の参拝者の入口は南側となります。

御垣内参拝の料金

御垣内へ入るためには、大金を寄付しないと入場できないようなイメージがあります。

しかし、驚くことになんと!!1000円寄付するだけで、入場できるのです。

この寄付金の金額ですが、上限はなく、いくらでも寄付ができるそうです。

そして、これらの寄付金の額に応じて御垣内の参拝できる位置が変わってくるのです。

具体的には次の通りです。

1000円から

  • 外玉垣南御門の内側まで
10万円から

  • 中重御鳥居まで
100万円以上

  • 内玉垣南御門外まで

特別参宮章

神宮における次の「式年遷宮の資金提供(寄付)」すると、証明書と絵葉書がセットにされた「特別参宮章」と書かれたカードのようなものがいただけます。

このカードを携帯して「外宮および内宮」へ参拝に行けば、御垣内での参拝が可能になります。

ただし、1000円の寄付金では1回限りです。

特別参宮章の有効期限

参拝が終われば「内宮」や「外宮」などの「印」を押印していただけます。

したがって、「その日にすべての参拝を終わらせなければならない」といったことはなく、「本日は外宮」「明日は内宮」と言ったことも可能になります。

外宮の床下にも心御柱があった!!

なんと!!外宮の御正殿の床下にも、内宮の御正殿と同じく、「心御柱」が埋められているといいます。

外宮の心御柱の詳細は以下↓の通りです。

心御柱の大きさ

  • 長さ:180cm
  • 太さ:約30cm

内宮では、この心御柱が「ほぼ地中に埋まっている」とされています。

しかし、外宮においては「半分以上、地上から飛び出している」そうです。

心御柱と天平瓮

実は、この心御柱の柱の周りには、なんと!!「天平瓮(あめのひらか)」と呼称される「薄いお皿」が800枚ほど並べられるとのことです。

「天平瓮」とは、紀元前660年から紀元前711年頃に用いられた、吉凶を占うために用いられたとされる「土器製の皿」のことです。

このようなお皿が心御柱の周りに並べられることからして、この心御柱と言うものは、かなりの重要度があるものと思われます。

しかし、その実態は伊勢神宮の一部の神官しか知らないと云われております。

心御柱の役割り

伊勢神宮における「心御柱の役割り」とは、「神籬(ひもろぎ)」ような役割りを果たしていたのではないか?と云われています。

神籬とは、一種の神様がお宿りになる「依り代」のことです。

高御産巣日神と心御柱

実は心御柱がこのように、重要視されるのには、他にも理由があるとされています。

その理由と言うのが、とんでもない理由で、なんと!天照大御神が「皇祖神」ではなく、「別の神様が皇祖神である」と、言う説があります。

この説では、「木」に由来した神様が「皇祖神」とされており、この神様に因んで心御柱が崇められているのではないか?などとも云われています。

ちなみに、この神様の名前を「高御産巣日神(高皇産霊尊/たかみむすびのかみ)」と称します。

ただ、有力な説としては、次の遷宮での御正殿の位置を分かりやすくするために、心御柱を残しているという説が有力とされています。

これらはあくまでも諸説なので、確たる話ではありません。

役目を終えた40年後の心御柱

心御柱は、1度埋められると40年間はそのまま地中に埋まったままとされています。

つまり、古殿地にある「小さな小屋」がこれにあたります。

では、40年経つとその先どうなるのか?

実は、神宮では心御柱の関しての神事は秘儀とされており、口外はもちろんのこと、同じ神職同士でも担当している神職しか知らないそうなのです。

さらに、儀式は誰の目にも触れない時間帯などに行われるそうでなのです。

そして、お役目を終えた心御柱ですが、なんと!荒祭宮の付近にある「地極谷(じごくだに)」と呼ばれる「谷」において、「お見送りの儀式」と称される「秘儀」で埋葬されるとのことです。

まさに人の葬儀と同様の意をもちます。

これらのことから、心御柱はまるで高貴な人間のように扱われていることが分かります。

心御柱の長さと人間の背丈

心御柱の長さ太さですが、この長さは一説には、歴代の天皇の長さと一致したと云われております。

すなわち、心御柱の長さは人間の背丈に相当すると言えます。

実は古来では、心御柱の長さはもっと短かったと記録されています。

つまり、歴代の天皇の身長を「側近」が測り、天皇の背丈に合わせて「心御柱」を切り出していたとされているのです。

これらの理由から、心御柱が天皇自身であり、天皇を崇め、天皇に国を守護していただくと言った意味にもなると云われております。

ただ、現在に至っては、まさか!古来のように天皇陛下の背丈を測ることはしていませんので、何かの由来に基づいて長さを定めているものだと思われます。

「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」

唯一神明造りに関しては、以下↓の当サイトの別のページでご紹介しておりますので、そちらをご覧ください。

外宮のオススメ参拝ルート

おわりに・・

ここまで神宮のことをご紹介するまでに、様々な文献や、資料、実際に神宝などを目にしてきてきました。

そして、過去の人々が、何を食し、どのようなことを考えて毎日を生きてきたのかも妄想しましたた。ムフフ

このように近代化された現代においても、伊勢神宮ほど神秘に包まれたロケーションは無ないでしょう。

しかし、一般的に神社と呼べる類の中で、誰もが知る「伊勢神宮」が「神秘に包まれ」、挙句「謎だらけ」と言うのが本当に面白い。

神宮では、年間1500回を超える神事を毎日かかす事なく執り行っています。

しかしその中には「秘儀」と呼ばれる、一般に公開されない神事も確かに存在することも確かです。

ここで興味をソソられるのが、これらの神事を執り行う神官でさえも、その神事の真の由来を知らされていないと言ったことだろう。

つまり、古からの伝承をそのまま執り行っていると言った解釈になります。

近代化されきった現代の価値観の中で生きる我々は、遠い過去から現代に至るまでに、本当の大切な物をどこかに落としてきたような・・

ナゼかそんな気になるのは、はたして偶然と呼べるのでしょうか。

その「落とした大切な物」と我々を結びつける唯一の糸口となるのが、この「神宮」や「出雲大社」ではないだろうかと考えます。

しかし、お伊勢参りの魅力は尽きない。

このように、たくさんの人々が絶え間なく、日本中から神宮へ脚を向かわせるのも、ひょっとすると自らの意志に依存しない、人間本来が持つ「本能」と呼べるものが神宮へと誘わせるのかもしれない。

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