伊勢神宮(内宮)おかげ横丁の地図(マップ)「PDFダウンロードあり」

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伊勢神宮(内宮)おかげ横丁の地図(マップ)「PDFダウンロードあり」

伊勢神宮(内宮)おかげ横丁の地図(マップ)「PDFダウンロードあり」 (2)

ご存知でしたか?

じつは、この「おかげ横丁」が、1つの会社によって運営されていたことを。

つまり、おかげ横丁内のお店1つ1つはすべて、1つの会社によって管理されています。

その会社の名前を「有限会社・伊勢福」と言います。

有限会社・伊勢福は、あの赤福餅で有名な「赤福本店」が運営母体となります。

ただし、管理というのはあくまでも「おかげ横丁」の管理であり、「おかげ横丁」内のお店自体の運営はそのお店に委ねられています。

以下では、そんな「おかげ横丁」の地図をダウンロードしていただける他、店舗一覧のご紹介もしています!

ところで・・「おかげ横丁」とは?

「おかげ横丁」とは、「おはらい町通り」の途中に位置する江戸時代風の景観をしたお店が寄り集まった区画のことを指します。

「おはらい町通り」とは、昔は「参宮道」と呼ばれた街道で、他県から伊勢神宮へ参拝した人々は、この街道を通行して内宮の御正殿(本殿)を目指しました。

「おはらい町通り」は、「宇治浦田町交差点」もしくは「宇治浦田観光案内所」の手前から、内宮の入口となる「宇治橋手前」まで続く参道のことです。

おはらい町通りの場所と地図

おかげ横丁が開業した年は・・実は最近!

「おかげ横丁」と聞けば、江戸時代の頃から伊勢に存在するイメージがありますが、実は開業したのが第61回神宮式年遷宮が執り行われた「1993年(平成5年)7月16日」と、比較的、歴史は浅いです。

現在では年間約500万人もの人が訪れる伊勢における一大観光スポットでもあり、約2700坪もの敷地の中にお店の数が約60店舗もあります。

これはもはや、一種の一大テーマパークとも言い換えることができます。

おかげ横丁はの建物は江戸時代の建物?

おかげ横丁内の建物を見れば分かりますが、いずれの建物も現代の建物の景観とは似つかわしくない、古風な景観をしています。

これは江戸時代から明治時代初期の伊勢の商店街をイメージして造られているからです。

江戸時代と言えば、ご存知の方も多いと思われますが、「お伊勢参り」が日本中に大流行した時代で、この風習は平成の現代に至っても踏襲されています。

「一生に一度はお伊勢参り」と呼ばれた時代でもあり、日本中の人々が伊勢神宮への参拝を夢見た時代です。

ただ、建物すべてが江戸時代から明治時代初期の構造をしているわけではなく、よく見れば建物の前面部分や側面だけに映画のセットのように、江戸時代の建物に見せかけるための壁が据えられているのが分かります。

おかげ横丁の地図(絵地図)PDFダウンロード可能

※引用先・伊勢観光協会様

おかげ横丁へのお問合わせ先

住所: 三重県伊勢市宇治中之切町52
電話番号:0596-23-8838

営業時間:9時30分から17時まで(季節により異なる。詳細はコチラ
定休日:年中無休
URL:https://www.okageyokocho.co.jp/

おかげ横丁・おはらい町の決まり事

おはらい町の建物はほとんど入母屋屋根・切妻造り・妻入り!

おはらい町の通りの建物を見れば分かりますが、ほとんどが入母屋屋根に切妻造り、妻入りの建物が並びます。

これは江戸時代の伊勢の建物の大きな特徴です。妻入りにする理由は、内宮・外宮の御正殿が平入りなので、同じでは恐れ多いとのことで妻入りを採用していると云われています。

「妻入り」とは?

「妻入り」とは、縦長の建物があるとすれば、面積の小さい側面に入口を設置する建造物のことです

「平入り」とは?

「平入り」とは、その逆で同様に縦長の建物を例に用いるとすれば、面積の広い面に入口を設けた建造物のことです。

内宮・外宮の御正殿がこれに該当します。

尚、「切妻造り」や「入母屋造り」とは、屋根の形のことです。本を半分で見開いて被せたような屋根の形のことをいいます。

建物は江戸時代の景観を保つように法律(条例)で決められている

これは他の県や市では、考えられないことですが、なんと!おはらい町通りの建物はすべて、最低、奥行き約3.6メートルまでは江戸時代風に見せかけるための建築様式にすることが義務付けられています。

つまり、この条例が遵守されているので、江戸時代の建造物を模した景観が均一に保たれていることになります。 いよっ!アッパレじゃ

江戸時代の景観を用いる理由

おかげ横丁やおはらい町に江戸時代の景観が用いられている理由は、1871年(明治4年)の「御師制度廃止令」によって、観光客の客足が遠のいたため、その客足を戻そうとした施策の1つです。

御師制度廃止令以降、徐々に客足は遠のき、一時期、年間約20万人しか訪れない、錆びれた商店街になっていきます。

この状況を打開するために、おはらい町やその周辺付近の人々が声を上げ、これに伊勢市が加わり「伊勢市まちなみ保全事業」を発足させます。

この事業がつまり、上述した江戸時代の景観を造る条例になります。

江戸時代の伊勢の街々を演出した上、さらに平成5年にはおかげ横丁が完成し、これを後押しします。

現在ではこれらの施策が功を奏し、年間500万人もの人々が訪れる伊勢市、いや、日本を代表する一大観光スポットへと変貌を遂げています。

尚、「伊勢市まちなみ保全事業」は平成21年9月31日で廃止となっていますが、この江戸時代の景観を守る条例は平成21年10月1日より「伊勢市景観計画」へ受け継がれています。

おかげ横丁の”おかげ”の名前の由来

おかげ横丁の”おかげ”の名前の由来【その1】「抜け参り(お蔭(陰)参り)

抜け参り」とは、働き先の主人や、両親、知人に何の連絡もなく、夜逃げようにヒッソリと住処(すみか)を抜け出して、伊勢神宮へ参拝することを「抜け参り」と呼びます。

つまり、ヒッソリと抜けて行くことから「お陰参り」とも呼ばれました。

また、この当時、特に遠方の人々は伊勢神宮まで行くためのお金がなく、協同で工面し合って多くの人々からお伊勢参りの資金を調達したことから、みなさんの”おかげ”という意味合いの「おかげ参り」とも呼ばれました。

なにせ、この当時、国境(県境)には「門」があり、遠方から訪れた場合、この門を通過できなければ伊勢神宮へ参拝に行くことは叶わなかったのですが、「伊勢参りです」と一言、言えば、概ね誰でも簡単に国境の門を通行できました。

尚、日本各地から伊勢までの交通手段としては、ほとんどの方が徒歩で訪れています。

この当時の乗り物として、輿(こし)や馬といった交通手段もありましたが、輿や馬は役人クラスの人間しか所有できないことや、徒歩で詣でることこそがご利益があると信じられていたため、ほとんどの方が徒歩で伊勢を目指しています。

例えば、徒歩で江戸から伊勢までは片道約2週間、大阪から伊勢までは5日間、名古屋からでも伊勢までは3日間も要します。

驚くのは東北地方の陸奥国釜石(岩手県)から伊勢へ訪れた人の例では、ぬぅあんと!約3ヶ月弱もの期間を要して伊勢まで歩いたと云われています。

尚、この「おかげ参り」は、何故か60年の節目にもっとも参拝者が多かったと云われ、なんと!4ヶ月で約500万人もの人々が神宮へ参拝したと云われています。

以上、すなわち、お蔭参り(お陰参り)の「お蔭=おかげ」が採用されています。

伊勢神宮(内宮)おかげ横丁の地図(マップ)「PDFダウンロードあり」

おかげ横丁の”おかげ”の名前の由来【その2】「おかげ年」

伊勢神宮での遷宮(せんぐう=20年周期で執り行われる神宮の社殿の造り替えの儀式)があった翌年は「おかげ年」と呼ばれ、この年に参拝すれば多福を授かると云われ、多くの人々は「おかげ年」に参拝することを切望しました。

すなわち、この「おかげ年」の「おかげ」を採用しています。

おかげ横丁の”おかげ”の名前の由来【その3】

上述したように、伊勢までの旅は何よりも資金が必要でした。

お金のない農民は「伊勢講(いせこう)」と言う組織を作って人を集めて、お金を何人かで、かき集めて何年もかけて貯蓄して、ちょうど稲を刈り取った後の農閑期の時期を狙って、一部の集団で命懸けの旅をしたと言います。

その金額も現在のお金で換算すると・・なんと!500万円から1000万円ほどであったと言います。

そして、伊勢神宮のお膝元に住む伊勢の人々は、やっとの思いで伊勢にたどり着いた人々を放ってはおけず、手厚くもてなしたと言います。

旅人たちは、神々の御神徳を多く授かった伊勢に住まう人々への恩恵を忘れず、いつしか「お伊勢さんのおかげ」と言うようになりました。

すなわち、「お伊勢さんのおかげ」の「おかげ」が採用されています。

なぜ多くの人々が伊勢神宮に参拝するのか?

なぜ、これほどの人々が、伊勢神宮に参拝に訪れたのか?なぜ、これほどの人々が、伊勢神宮へ参拝に訪れたのかと言いますと、もっとも大きな働きがあった持った者として神宮に所属した「御師(おんし)※伊勢地方では御師を”おし”とは呼ばず”おんし”と呼びます。」があります。

御師とは、神社やお寺に所属して日本全国を旅してまわり、所属した神社・お寺の「お札や縁起物」を配布して宣伝し、最終的に参拝を促す形で浄財を集める役目を担った人たちのことです。

神宮にも御師が多数在籍しており、「神宮大麻(神宮のお札)や「神宮に関連した縁起物」、「伊勢地方の土産」を持参して日本全国の村々・街々を練り歩き、神宮と伊勢を紹介する旅に出ていました。

江戸時代になると御師たちの宣伝が功を奏し、伊勢神宮への参拝が大流行します。

大流行してからは、江戸幕府も伊勢参りを半公認する形になり、「お伊勢参りに行く」と言えば、国境(県境)の門で提示する必要があった通行手形を見せなくても、概ね誰でも通行できたことがさらに流行を後押しします。

これに関しては、例えば商店に奉公する使用人であっても「お伊勢参り」に行きたいと申し出れば、その主人は例え立場の低い「使用人」でも止めることはできなかったようです。

また、主人の方も、当時、天照大神は商売繁盛の神として広く崇敬が寄せられていましたので、使用人を止めるとバチが当たり、お家に不幸が起こることを恐れたといいます。

そして、このような話を聞きつけた日本全国の人々は、伊勢神宮へ参拝することになりますが、この当時、なんと!5人に1人は伊勢神宮へ参拝したと云われています。

一方の御師は単に御札や縁起物を配布するだけはなく、自らが担当した地域の客人を自らの自宅へ招き入れて手厚くもてなし、一夜の宿をも提供しています。

さらに伊勢神宮の参拝方法を伝授し、お神楽の申し込みの仲介をしたり、伊勢川崎の土産物屋の紹介や、参宮街道に位置する古市(ふるいち/現在の伊勢市中之町あたり。かつて日本三大遊郭の1つと呼ばれた。)を紹介したりするなど、至れりつくせりの、いわゆる旅行代理店のような存在でした。

このように伊勢で至れり尽くせりの歓待を受けた参拝客は、この話をさらに他人にすることでさらに広まっていくことになります。

以降、明治初頭(1871年/明治4年)に政府によって御師たちを解散させる法律が施行されましたが、全盛期には内宮・宇治周辺に約280軒、外宮・約615軒もの御師の邸宅が軒を連ねたと云われています。

現代に至ってもこの御師たちが広めた風習は踏襲され、年間800万人から1000万人もの人々が神宮へ参拝に訪れています。

おかげ横丁に訪れる人の7割の人がリピータだった?!

おかげ横丁に訪れる人の7割の人がリピータだった?!

おかげ横丁を運営する「有限会社伊勢福」の調査によると、おかげ横丁に訪れる方の7割以上もの人が、2回以上、おかげ横丁へ訪れたことがある人だと言います。

つまり、7割もの人が、2回、3回と、おかげ横丁へ足を運んでいると言うことになります。


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 おかげ横丁のお店の名前・ジャンルなどの一覧

※「青字」の店舗は店内に飲食スペースがあり

お食事・お休み処・食べ歩き処
・ふくすけ【名物伊勢うどん】 ・浪曲茶屋【伊勢の具材たっぷり天然だしのそうめん処】
・団五郎茶屋【道中茶屋】 ・豚捨【老舗牛肉店・コロッケ】
・五十鈴茶屋五十鈴川店【節気菓子】 ・五十鈴茶屋本店 【節気菓子】
・海老丸【名物漁師汁・三色てこね】 ・フルーツラボ 【ジュース・スイーツ】
・はいからさん 【文明開化の洋食屋】 ・とうふや【豆腐と穴子料理】
・横丁そば 小西湖 【こだわりのスープと麺】 ・まめや 【手作りの農村料理】
・だんご屋【お団子専門店】 ・横丁 君家【本格にぎり寿司】
・横丁焼の店【焼菓子・ソフトクリーム】 ・伊勢角屋麦酒【地ビール・料理】
・すし久【名物てこね寿し、麦とろろ】 ・五十鈴川カフェ 【こだわり珈琲と空間】
・横丁もとくん【厚切りとんかつと豚かば丼の店】(前店舗「まるせい」は閉店。) ・野あそび棚 【季節料理・喫茶処】
・Ise Fruit laboratory (イセフルーツラボラトリー)【くだものよりおいしい、ジャム&ジュース】 ・赤福五十鈴川店【伊勢名物赤福餅】
・赤福内宮前支店【伊勢名物赤福餅】 ・赤福本店【伊勢名物赤福餅】

 

名産品・お土産「工芸品」
・神路屋【伊勢路の伝統工芸】 ・他抜きだんらん亭【器の店】
・団五郎茶屋【道中茶屋】 ・しろがね屋【銀製品・宝飾品】
・豚捨【老舗牛肉店・コロッケ】 ・孫の屋三太【懐かしの玩具】
・海老丸【名物漁師汁・三色てこね】 ・くつろぎや【香りの専門店】
・もめんや藍【松阪木綿の店】 ・晩酌屋久兵衛【全国の酒器】
・横丁そば 小西湖 【こだわりのスープと麺】 ・くみひも平井【伊賀組紐の店】
・おみやげや【横丁記念グッズ】 ・赤太郎ショップ【赤太郎グッズの店】
・つぼや【煙草・煙管・宝くじ】 ・かみなりや【擬革紙と革製品の店】

 

名産品・お土産「食料品」
・銭屋【駄菓子屋】 ・ばん茶茶屋【在来種のお茶】
・みえぎょれん販売【海藻類】 ・貝新 水谷新九郎 【時雨】
・美杉郷 八知玉屋【こんにゃく専門店】 ・志州ひらき屋【伊勢周辺近海の干物】
・伊勢萬 内宮前酒造場【伊勢の地酒】 ・伊勢醤油本舗【醤油蔵の直売店】
・若松屋【蒲鉾・さつまあげ】 ・味匠館【全国の逸品】
・名産 味の館【伊勢路の名産品】 ・傅兵衛【伊勢つけもの】

 

見る・聞く・体験する
・太鼓櫓【神恩太鼓の演奏】 ・かみしばい広場【横丁かみしばいの口演】
・伊勢路栽苑【植木屋】 ・おかげ座【神話の体験館】
・徳力富吉郎版画館【版画の展示・カフェ(喫茶店)】 ・山口誓子俳句館【伊勢を愛した俳句の展示】

※「青字」の店舗は店内に飲食スペースがあり

おかげ横丁の概要

有限会社 伊勢福(平成4年9月28日設立)

運営管理会社
  •  有限会社 伊勢福(平成4年9月28日設立)
住所
  • 〒516-8558 三重県伊勢市宇治中之切町52番地
電話番号
  • 0596-23-8838(お客様用)
FAX番号
  • 0596-23-8840
E-MAIL
  • information@okageyokocho.com
営業時間
  • 3月~7月・10月:9時30分~17時30分
  • 4~7月の土・日・祝:9時30分~18時
  • 8・9月:9時30分~18時
  • 11月~2月:9時30分~17時
  • 2月の土・日・祝:9時30分~17時30分
    ※一部の飲食店は夜間営業あり。お盆、お正月などの繁忙期は特別設定。
入場料
  • 無料( おかげ座のみ 大人300円 、小人(小学生)100円)
定休日
  • 年中無休
敷地面積
  •  約2700坪
総事業費
  •  140億円
店舗数
  • 約60店舗
施設構成
  • 28棟(飲食14店舗 物販35店舗 美術館・資料館・他6館)

おかげ横丁の通販店「おかげショップ」

おかげ横丁には、通販ショップもあります。手荷物が心配な方は、ぜひ、通販をご利用ください。

おかげ横丁の通販店「おかげショップ」の電話番号・営業時間・URL

  • 電話番号:0120-081-229
  • 営業時間:9時30分~17時まで
  • 定休日:年中無休
  • URL:http://okageshop.jp/

終わりに・・

以上のように伊勢神宮には、我々現代人が及びもつかない歴史があり由来があると言うことです。

この伊勢神宮と、このおかげ横丁の地は遠い昔の人々が命をかけて苦難の道のりを歩んで、やっと辿りいた地です。

中には旅の途中で不幸にあい、命を落とされた方もいるでしょう。

そんな人々の思いを受け止めて、あらためてこの伊勢の地を見渡せば・・

ほら、いつもとは違った景色が、色濃く鮮明に見えてきやしませんか?

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