唯一神明造とは?
「唯一神明造り」とは、「ゆいいつしんめいづくり」と読み、これは後述する一般的な神社で見られる「神明造り」の種類の1つになります。
「神明造り」で造営される殿舎は、この伊勢神宮(内宮・外宮)の御正宮「御正殿」が代表的とされ、「大社造(出雲大社/島根)」や「住吉造(住吉大社/大阪)」とならび、日本最古の神社建築様式となります。
しかし伊勢神宮の神明造りには”唯一”が付されています。”唯一”が付されている理由は次の通りです。
- ご察しの通り、天皇の祖先神であり、日本国民の総氏神である「天照大御神」が御座す尊い社である。
- 日本でもっとも尊い神社である伊勢神宮の神明造りなので、他の神社と一線を画す意味合いで「唯一」が付されている。
- 伊勢神宮(内宮・外宮)以外の神社が内宮・外宮の御正宮「御正殿」と同じ造りにできない。
- 他の神社が同じ造りにできないので、まさに”唯一”、神宮に存在するのみの造りの社殿である。
唯一神明造りの部位・一覧
内宮の外宮の御正宮「御正殿」の主な違い
1.建築様式名が異なる!
内宮・御正宮「御正殿」の建築様式名:唯一神明造・京呂組(きょうろぐみ)
外宮・御正宮「御正殿」の建築様式名:唯一神明造・折置組(おりおきぐみ)
2.鰹木の数が異なる!
内宮・御正宮「御正殿」:10本(偶数)
外宮・御正宮「御正殿」:9本(奇数)
3.千木の形状が異なる!
内宮・御正宮「御正殿」:内削ぎ(うちそぎ)
外宮・御正宮「御正殿」:外削ぎ(そとそぎ)
4.御正宮の内部の配置が異なる!
内宮・御正宮「御正殿」:正殿後方の左右
外宮・御正宮「御正殿」:正殿前方の左右
5.内宮の御正宮のみに存在するものと、外宮の御正宮のみに存在するものがある!
内宮の御正宮のみに存在するもの
中重鳥居(なかのえとりいの)
八重榊(やえさかき)
内玉垣の東腋門(ひがしわきもん)
瑞垣と内玉垣の間の蕃垣(ばんがき)
外宮の御正宮のみに存在するもの
御饌殿(みけでん)
外幣殿(げへいでん)※内宮の外幣殿は御垣の外
その他、正式公表されていませんが、殿舎の全体的な大きさが微妙に異なり内宮の御正殿の方が大きいです。
「唯一神明造り」の特徴
- ヒノキ材を使用のこと
- 素木造りであること(色を塗らない)
- 丸柱の掘立式であること
- 礎石(土の上に乗せる土台の石のこと)を使用しないこと
- 切妻・平入の造りであること
- 高床式であること
- 棟持柱があること
- 萱葺(かやぶき)屋根であること
- 屋根上には鰹木(かつおぎ)が置かれていること
- 千木(ちぎ)は置千木ではなく、破風(はふ)の延長上に屋根から突き抜けた形状であること
※参照先:伊勢神宮
唯一神明造りの特徴は、地面に大きな礎石を置かないで、丸柱を直接、地面の中に埋める「掘立柱(ほったてばしら)」と「茅葺(かやぶき)」の屋根が特徴的です。
その他、殿舎の柱ではなく、板壁が屋根を支える構造になっており、厳密には板壁でクソほど重たい屋根を支えていることになります。
神明造の最大の特徴といえるのが、建物が四隅にわたって直線の形状で造られており、さらに屋根に至っても、切妻造りの直線的な形状の屋根の造りになっています。
また、建物の出入り口は平入りとなり、つまり、「平側」にあるということです。
- 平側=屋根が垂れ下がっている方向の壁面
これは出雲大社の「湾曲がある大屋根」や「建物の妻側が出入り口」となっている「大社造り」と比較してみれば、同様の歴史を持つ建築物としては大きく造りが異なっています。
- 妻側=屋根が垂れ下がっていない方向の壁面
高床式である理由
【その1】天照大御神=瓊瓊杵尊=稲穂=高床式米蔵??
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の名前には実は正式名があり「天津彦彦瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)」と呼称します。
この神名の”ほのににぎ”が、”稲穂”が実った様子を表した言葉であり、はたまた、”国土の王”をも意味していると云われています。
さらに天(高天原)から地上に降り立った後、天照大御神から地上において稲穂を栽培するように命じられています。
この事実から「瓊瓊杵尊=天照大御神=稲穂=稲穂は神聖なもの=その稲穂を大切に保管できる建物=高床式倉庫」と位置づけられたとされる説があります。
【その2】唯一神明造りに秘められた先人たちの驚愕の「知恵」
神明造りは上述した「高床式倉庫」と言う、太古の時代から受け継がれている建築様式です。
なぜ「高床式倉庫」で造られているのか?と言うことに着目してみると、高床式にすることによって、倉庫内に保存する穀物などを「ネズミなどの小動物」や「昆虫類」から守ることができるためだと云われています。
尚、上述、御稲御倉には実際に天皇陛下が収穫された稲が収められていますので、このような理由から御稲御倉も唯一神明造りで殿舎が造営されていると考えられます。
えぇっ?!神明造りの社殿の屋根は柱ではなく「板壁で支えられていた」?!
実は、殿舎を正面にみて左右に屋根を支えるように立っている「棟持柱」と「屋根」の間にはわずかな隙間が空いています。
これはわざと隙間を少し空けるように造られているからです。
屋根と棟持柱の間がわざと空けられている理由とは、なんと!柱ではなく板壁で屋根を支える仕組みが採用されているためです。
つまり、柱よりも板壁の方が高くなるように造られています。
これは屋根の荷重を柱ではなく、板壁に伝えて板壁の隙間を埋めるためです。
『鰹木(かつおぎ)の重み→屋根のてっぺんの横材「棟木(胸毛/あぉぅ!”むなぎ”!」→屋根全体→板壁』
20年に一度、遷宮が行われる理由
例えば木の性質として、梅雨などの湿気が多い季節には、板壁に使用されている用材(材木)が水分を含んで膨張します。膨張すると屋根との隙間が小さくなり、内部の保存状態を良好にします。
一方、真夏の時期には外気熱によって木が乾燥し、嵩(かさ)がもとに戻ります。今度は逆に隙間ができて適度に内部の熱を逃がすことができます。
しかし神宮の神明造りは用材(材木)の伸縮時の差ができるだけ少なくなるように、あえて板壁に屋根の重みを乗せて、可能な限り隙間を減少させています。
ただ、年数を経て湿気や乾燥による伸縮を繰り返しているうちに、徐々に板壁の用材(材木)が屋根を支えられなくなり、今度は棟持柱に屋根の荷重がかかってきます。
棟持柱に荷重がかかると、それまで板壁が受けていた屋根の重みを、すべて棟持柱が受けることになります。
このような状態になればご察しの通り、板壁に屋根の重量が伝わらなくなるので、屋根の重量から開放された板壁には徐々に隙間ができてきます。
この状態がみられる頃がちょうど20年であり、つまりは20年ごとに執り行われる遷宮において社殿いっさいが造り替えられる理由の1つにもなっています。
「唯一神明造り」で造営されている神社・社殿
神明造りとは?
神明造りとは、基本的な建築構造は「唯一神明造り」と同じです。
上述、唯一神明造りを含めた神明造りの大きな特徴はまず、平側に入口があり、その入口を正面として殿舎を見た際、奥行きよりも横幅が広いです。
また、高床式で造営されており、これは古代の高床式倉庫から発展したものであると考えられ、穀物の代わりに神を納めるように変化させたものだと考えられています。
ただし、他の神明造りの「社」では「皇大神宮(内宮)」や「豊受大神宮(外宮)」と同じ構造にすることをはばかって、全く同じものは造られていません。
まったく同じものが造られていないとはどういうことかと言いますと、部材の形、殿舎全体の大きさはもちろんのこと、棟木の形状など細部の造りが微妙に異なります。
このため、神宮の御正殿は「唯一神明造り」と呼ばれる独特の建築様式になっています。
ただし、一部、「内宮境内の御稲御倉」のように唯一神明造りの社殿も例外的に存在します。
↑正宮・「御正殿」の10本の巨大なヒノキの御柱(立柱祭)にて
「神明造り」の起源と歴史
神明造りは、弥生時代の高床式倉庫が発展したものと考えられていますが、確たる資料が現存していないため、推定で高床式倉庫が起源だとされています。
これは上述したように、天(高天原)から地上へ降ってきた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の名前が稲に関係のある名前であることと、瓊瓊杵尊が地上へ降った際、天照大御神より稲を育てて供えるように告げられたことが起因していると考えることができます。
つまり、「収穫した稲を収納する高床式倉庫=瓊瓊杵尊=天照大御神」と考えられたのではないかと推測されます。
ちなみに現存する神明造りの最古の殿舎は、長野県大町市に位置する「仁科神明宮(にしなしんめいぐう)」であると云われています。
この仁科神明宮には室町時代に造営されたとされる本殿(国宝指定)が現存しており、神明造りの殿舎としては日本最古となります。同時に現状における神明造りの原形とされています。
画像引用先:wikipedia.org
その他の「神明造り」で造営されている代表的な神社
- 北海道・北海道神宮(ほっかいどうじんぐう)
- 福島県・開成山大神宮(かいせいざんだいじんぐう)
- 東京・東京大神宮(とうきょうだいじんぐう)
- 東京・靖国神社(やすくにじんじゃ)
- 名古屋・熱田神宮(あつたじんぐう)
- 奈良・阿紀神社(あきじんじゃ)
- 京都・籠神社(このじんじゃ)
- 京都・真名井神社(まないじんじゃ)
- 山口県・山口大神宮(やまぐちだいじんぐう)
- 福岡県・天照皇大神宮(てんしょうこうたいじんぐう)
「唯一神明造り」と「神明造り」の違い
「唯一神明造り」と「神明造り」の決定的な違いはありません。建築様式や特徴も基本的に同じです。
違いがあるとすれば上述した通り、日本でもっとも尊い社である伊勢神宮の神明造りであるから、”唯一”が付されていると解釈できます。
”唯一”を付すことで最上格の社であることを意味し、他の神社とは一線を画しているということになります。
「大社造り」と「神明造り」の違い
「大社造り」と「神明造り」の根本的な違いとは、モチーフとしたものが「古代の住居」であるのか、「古代の高床式倉庫」であるのかの違いだといえます。
大社造りは古代の住居をモチーフとして造営されていますが、神明造りは古代の高床式倉庫をモチーフとして造営されています。
根本となるモチーフが異なりますので、必然的に殿舎の造りも異なってきます。
大きく異る点が、次の通りです。
- 大社造りでは、破風(はふ/ハフん♥)の延長上に千木を用いない。置千木である。
- 大社造りは妻入り(入口が妻側)である
- 大社造りは入口部分に向拝(もしくは階隠し/はしかくし)が据えられている
- 大社造りの屋根の形状は湾曲を持つ
古代の住居が発展したものが大社造りであるという根拠は、出雲大社の前身となる「大国主大神が天照大御神より授かった宮殿」が原型とされているからです。
終わりに・・
両宮(内宮/外宮)の御正宮「御正殿」の唯一神明造りを間近で見学するために、参拝と併せて神宮へ訪れた方には非常に残念な話ですが、一般の参拝客が御正殿の唯一神明造りを間近で観ることはできません。(特別参拝でも御正殿まで行くことができません)
ただし、次ような場所で間近で見学することができます。
内宮境内に建つ「御稲御倉(みしねのみくら)」
殿舎全体の大きさは両宮の御正殿には到底およばず、小さいですが、殿舎が唯一神明造りで造営されています。
伊勢神宮の社殿の柱は年々太くなっている?!
それと社殿を実際に立てる宮大工の話や建築の専門家によれば、伊勢神宮の社殿に使用される木材は時代を経るごとに太くなっているそうです。また、社殿自体もより強度を保つ構造にするために時代を経るごとに寸法が少しずつ大きくなっているそうです。
伊勢神宮の遷宮後の古材は日本全国の神社に行き渡り、繰り返し60年は使用されると云われています。この事実から察するに、おそらく古材でも繰り返し使用できるような取り組みの一環であるとも考えられます。
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