中国の気功師が関与した?!パワースポット!!伊勢神宮(内宮・別宮)「 瀧原宮(たきはらのみや)」の隠匿

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国道42号線(熊野街道)を直進していると、やがて前方に大きな鳥居が見えてきます。

そう・・ここが噂が噂を呼び、いっそう謎めくパワースポット伊勢神宮・皇大神宮(内宮)別宮の「瀧原宮(たきはらのみや)」です。

以下では、この瀧原宮の境内パワースポットなどの見どころと合わせて歴史やご利益のほか、御朱印、お守りの種類や初穂料(値段)、授与場所・受付時間など幅広くご紹介しています。

伊勢神宮・皇大神宮(内宮)別宮「瀧原宮

創建年

不明

  • 推定その1:垂仁天皇26年〜垂仁天皇99年
  • 推定その2:600年-700年代/奈良時代
建築様式(造り)

  • 切妻造
  • 平入

※神明造り

材質

  • ヒノキ(信州・木曽産)
屋根造り

  • 茅葺き(萱葺き)
鰹木の数

  • 6本
千木の形状

  • うち削ぎ(水平型)
主祭神

  • 天照坐皇大御神御魂
社格

  • 伊勢神宮・内宮(皇大神宮)「別宮」
境内の神社

  • 瀧原竝宮(たきはらのならびのみや)※皇大神宮 別宮
  • 若宮神社 ※瀧原宮 所管社
  • 川島神社 ※瀧原宮 所管社
  • 長由介神社 ※瀧原宮 所管社

瀧原宮」の読み方

伊勢神宮の境内には難しい表記で読みにくい名前の御祭神や殿舎が存在しますが、「瀧原宮」は「たきはらのみや」と呼称します。

「瀧原宮」の名前の由来

かつてこの瀧原宮のあたりには、滝がたくさんあったそうです。そんな由来から「滝原(瀧原)」というネーミングが付されたと伝えられております。

「瀧原宮」のその他の別名

瀧原宮は、他のお宮と一線を画すほどの以下のような別名があるようです。

「野後さん」

古来、地元では「野後(のじり)さん」と親しみを込めて呼ばれています。

由来はかつてこの瀧原宮周辺一帯の地名が「野尻(のじり)」と呼ばれ、後に表記が「野後」に改められたのですが、地元の方々は昔の”のじり”が頭から離れず、最終的に「野後(のじり)」で着地したということです。

「遙宮」

また、内宮・外宮から遠く離れたお宮であることから、伊勢志摩市磯部の「伊雑宮(いざわのみや)」と併せて、古来、「遙宮(とおのみや)」とも呼ばれています。

「瀧原神宮」

奈良時代に著せられた「伊勢国風土記逸文(いせのくにふどきいつぶん)」の記述によれば、「瀧原神宮(たきはらじんぐう)」と記されており、この当時から「神宮」号が付けられるなど、いかに重要視されてきたお宮であるのかが分かります。

「天照大神遠之宮」

804年(延暦23年)に著せられた「皇太神宮儀式帳(こうたいじんぐうぎしきちょう)」には「天照大神遠之宮(あまてらすおおみかみのとおのみや)」の記述もみられます。

「大神遠宮」

さらに平安中期に編纂された「延喜式(えんぎしき)」によれば「大神遠宮(おおかみのとおのみや)」の記述もみられます。

地元では実際に「大神の遥宮(おおかみのとおのみや)さん」とも呼ばれています。

瀧原宮でお祀りしている神様ってどんな神様?

瀧原宮(向かって右の殿舎)

主祭神:天照大御神の御魂「和魂(にぎみたま)」

瀧原宮・並宮(向かって左の殿舎)

主祭神:天照大御神の御魂「荒魂(あらみたま)」

瀧原宮の所管社の御祭神

若宮の神:(若宮神社)
長由介神:(長由介神社)
川島神:(川島神社)

瀧原宮には参拝順序があった!!「正式参拝の順番」とは?

実はこの瀧原宮には、古来、踏襲される「正式な参拝の方法」があります。

これは、瀧原宮の境内に入れば看板(案内板)があり、その案内板を見れば参拝の順番が、こう書かれています。

瀧原宮から順に以下の順序でお参りください。

1:瀧原宮

 


2:瀧原並宮

3:若宮神社

4:長由介神社(川島神社)

参拝前の注意点

まず参拝前に「御手洗場」か、瀧原宮の境内に流れる「頓戸(とんど)川」で手(口)を清めるのが先です。手を洗いましたか?
口を清める際は飲まないようにご注意ください。
※近年では手水舎が設置されています。お好きな方法でどうぞ。


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瀧原宮の境内案内図

瀧原宮の入口は1つです。入口から本殿まで辿り着くのにかなりの時間を要します。

入口から本殿までの参道には手水舎や忌火屋殿、祓所、それに瀧原宮には「頓登川(とんどがわ)」という君の透き通るウナジのような それはそれはキレイな川が流れています。

この川には「内宮の御手洗場」と同じような「御手洗場」が設けられており、ここで手と口を洗い清めることができます。(雨が降っている時は後方の”手水鉢”を使用)

⬆️手水鉢

また、トイレが入口にしかありませんので、事前にタンクをスッからカンにしておきたい方は思い存分ブン!、・・射出しておいてください。

「頓登川」と「御手洗場」

⬆️清流・頓登川と御手洗場

祓所

頓登川を過ぎれば「祓所」があり、ここではご祈祷が執り行われます。

⬆️祓所

祓所は大きな覆屋の中に椅子が置いてあるので、最初見た時は「何をするところなんだろう?」と不思議な気分になるハズです。

忌火屋殿

⬆️忌火屋殿

忌火屋殿は神様へお供えする料理を調理する場所です。一般参拝者は残念ながら見学は不可です。

瀧原宮境内にある「瀧原宮以外の4つの殿舎」を紹介!

この瀧原宮の境内には瀧原宮以外にも以下のような4つの殿舎が存在します。

  1. 瀧原並宮(皇大神宮(内宮)の別宮※瀧原宮と同格)
  2. 若宮神社(瀧原宮の所管社)
  3. 長由介神社(瀧原宮の所管社)
  4. 川島神社(瀧原宮の所管社)

このうち「瀧原並宮」は瀧原宮と同様に「内宮(皇大神宮)・別宮」の社格を有し、瀧原宮と合わせて「大神の遥之宮(おおかみの とおのみや)」とも呼ばれています。

滝原宮の所要時間(滞在時間)

瀧原宮の境内は予想外に広大で本殿に辿り着くまでに10分はかかります。

途中には昨今、スピリチュアルパワースポットと言われる「頓登川(とんどがわ)」が流れており、ここでは後述する「ハート型の石」を探すことができます。

これに加え、参道の雰囲気を味わうなどすると30分から40分はかかるでしょう。

瀧原宮は伊勢神宮の別宮の中では内宮・外宮両宮からもっとかけ離れた場所に位置しますので、できるならば伊雑宮と抱き合わせて参拝して、いずれかのお宮の近くに泊まるぐらいの心づもりで訪れたいものです。ウフ

瀧原宮と伊雑宮の位置関係図

伊雑宮と瀧原宮は伊勢自動車道を経由することで1時間ほどで到着できます。

【余談】オススメ観光コース

1日目:外宮→月夜見宮→倭姫宮→月読宮→猿田彦神社→内宮周辺で1泊

2日目:内宮→おかげ横町→瀧原宮→伊雑宮→志摩で1泊して志摩観光

瀧原宮の境内参拝可能時間と拝観料金(入場料金)・定休日

瀧原宮は伊勢神宮の別宮となりますので、内宮・外宮に準じた拝観可能時間(開門閉門時間)になっています。

10月・11月・12月

午前5時~午後17時

1月・2月・3月・4月・9月

午前5時~午後18時

5月・6月・7月・8月

午前5時~午後19時

定休日

なし(年中無休)

拝観料金

無料

瀧原宮のご利益

瀧原宮は天照大御神のご分霊をお祀りしていますので、お願い事はタブーです。

しかし、天照大御神のご利益としては「すべてのご利益をもつ」と解されますので、真摯にお祈りすることで、ひょっとすれば、すべての願いが叶うかもしれません。

瀧原宮のパワースポット 一覧

瀧原宮のハート石

瀧原宮のハート石01 瀧原宮のハート石02

この瀧原宮には、人為的には作りだせないような綺麗で見事なハートの形をした石があるのですが、・・このハート石、なんと!瀧原宮の境内に2つあります。

そして、この石を偶然に2つとも見つけられた人は、近い将来、良い縁が到来すると云われているそうです。

ネットなどの口コミなどによると、この石を見た後に「実際に良いパートナー(結婚相手)に出会えた」などの意見が意外に多かったそうです。

それが理由かどうかは分かりませんが、このハート石が瀧原宮の縁結びパワースポットとして噂になっています。

瀧原宮のハート石の場所

瀧原宮のハート石の場所は人には教えてはいけないそうです。

自分で見つけることにご利益があるので、おおよその場所だけを聞いた方が良さそうですね。

1つのハート石の場所は、境内を流れる川の付近の参道にあります。

あとは、頑張ってあなた自身で探してみてください。

神の手

木の根っこあたりに、ヒょこっと1本だけまるで指で◯を作ったような場所があります。まるで手や指のように見えることから「神の手」と呼ばれているようです。

とにかく、目に付くので視界に入ればすぐに分かります。

神の手の場所は参道の途中に生えている木の根っこ部分です。

瀧原宮が「ゼロ磁場」で「ケタ違いの波動を放っている」??

近年、テレビ番組の企画により、長野県伊那市に「ゼロ磁場」と呼ばれる世界中でも指折りの、とてつもないパワー(気)を放つパワースポットが見つかったようです。

その場所を「分杭峠(ぶんぐいとうげ)」と呼称し、南アルプスの標高1424メートルの地点にあります。

⬆️分杭峠ゼロ磁場

分杭峠が話題になった背景には、中国政府公認の気功術の達人を実際に日本へ招いて、日本においてのパワースポットを探してもらおうという主旨の企画が事の発端となっています。

この時の鑑定により、分杭峠がとてつもないパワーを放っているという事実が明らかにされたのです。

現在、分杭峠は大変、人気のパワースポットとして休日には渋滞が発生するほどの人気を博しています。

あまりにも人気にツアーが組まれたり、麓からシャトルバスまで運行しているそうです。

「ゼロ磁場」とは?


「ゼロ磁場」とは、ある一定の強度の磁気を帯びた物体を、適正な距離に置いた場合、この2極の間には、不思議と磁場(磁力)がない場所ができるのです。

この磁場が無いゼロの地点を「ゼロ磁場地点」といいます。

しかし、ゼロといっても、実際には2極の磁力が引き合っているために均衡が取れていてるだけであって、この磁場地点には両方の方向からの強力な磁力が加わっています。

近年の調査では、このゼロ磁場には一種の「」が発生するそうです。

長野県伊那市「分杭峠」のゼロ磁場と瀧原宮の関係とは?

実は、この長野県伊那市の「分杭峠」のゼロ磁場からは、ケタ違いのかなり強力な磁力が「気」となって、広範囲(日本大陸中)に放出されているそうなのです。

つまり、この「分杭峠」から「中央構造線」といわれる地脈を伝って、この奥伊勢の地・瀧原宮へも「分杭峠」のゼロ磁場の気が大量に流れてきていると云われています。

つまり、この瀧原宮に訪れるだけで、膨大なパワー(気)を、体内へ取り込むことができるというわけです。

瀧原宮の摩訶不思議な「ねじれ杉」

瀧原宮の摩訶不思議な「ねじれ杉」

ちょっと、上の写真をご覧ください。

このように瀧原宮には木の樹皮が完全にネジレあがっている杉の木があります。

おそらく一生涯でも、なかなかお目にかけることができないようなモノ凄いネジレ方をしています。

上記でご紹介した通り、ゼロ磁場からの「気」の影響を受けているためとも考えられています。

そっと木に触れることで体内にゼロ磁場からの地脈パワーを取り込むことができるでしょう。

瀧原宮の隠れた御祭神が縁結びのパワースポット?!

実は、この瀧原宮は「縁結びにご利益のあるパワースポット」だとも囁かれています。

この理由は、天照大御神の両親とも云われる「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」と「伊弉冉尊(いざなみのみこと)」が、実はこの瀧原宮でお祀りされているという言い伝えがあるからです。

したがって、この2柱の神様のご利益として、縁結びのご利益を授かることができるとも云われています。

瀧原宮の御朱印の種類・初穂料(値段)

瀧原宮では伊勢神宮で授与されている7つの御朱印のうちの1つを授与することができます。

「瀧原宮印」と書かれた朱印が中央に押印されていて、右側に参拝日が墨書きされた御朱印です。

  • 瀧原宮の御朱印の初穂料(値段):300円

【補足】伊勢神宮でもらえる御朱印の数は7個!

なお、伊勢神宮で御朱印を頂ける場所は次の7ヶ所で1つずつ、合計で7個いただけます。

外宮内宮月読宮瀧原宮伊雑宮倭姫宮月夜見宮

※内宮・外宮の御朱印は「神楽殿」で受付ています。
※また、お宮によっては稀に無人になる所もあるようです。

さらに、伊勢神宮周辺の神社では、二見輿玉神社(竜宮社)猿田彦神社、茜社(外宮勾玉池中央)、足神さん(宇治神社)などがあり、これらの神社でも御朱印をいただけます。

瀧原宮のお守り・御札(神札)の種類・初穂料(値段)

瀧原宮には、瀧原宮と瀧原竝宮のお守りと御札(神札)を授与しています。

お守りのデザインは内宮・外宮と同じですが、種類は内宮外宮より少ないです。

瀧原宮のお守り・御札(神札)

瀧原宮のお守りの種類・初穂料(値段)

お守り
  • 守祓い(肌身お守り):500円※財布に入るほど小さいです。お札のようなお守りになります
  • 交通安全御守:1000円
  • 袋入り守り:1000円
御札(神札)
  • 剣祓:500円

瀧原竝宮のお守りの種類・初穂料(値段)

お守り
  • 守祓い(肌身お守り):500円※財布に入るほど小さいです。お札のようなお守りになります
  • 交通安全御守:1000円
  • 袋入り守り:1000円
御札(神札)
  • 剣祓:500円

瀧原宮の社務所(宿衛屋)の場所と営業時間(窓口の開閉時間)

瀧原宮で御朱印とお守りが授与されているのは、「宿衛屋(しゅくえいや)」と呼ばれる社務所です。

瀧原宮の営業時間(開門閉門時間)

瀧原宮の営業時間は拝観可能時間とは異なりますので注意が必要です。

窓口のオープン時間は「朝5時30分頃から6時の間」になります。

社務所の締まる時間は上記、「拝観可能時間」に準じた時間となります。

瀧原宮の歴史

瀧原宮が内宮の雛形だった??!その理由とは?

この瀧原宮は、伊勢神宮・内宮の別宮の中の「1つのお宮」と位置づけられています。

言い伝えでは、内宮の「雛形(ひながた)」になった場所だったとも云われますが、この理由は実際に瀧原宮に訪れればよく理解できます。

瀧原宮が伊勢神宮・内宮の雛形と呼ばれた理由

瀧原宮が内宮(皇大神宮)の雛形と位置づけられた理由

  1. 瀧原宮の境内の広さは(宮域)は、およそ44ヘクタールもの広大な敷地面積を誇り、天照大御神をお祀りするには適している。(【東京ディズニーシーと比較】ディズニー・シー:約49ヘクタールと、ほぼ同じくらいの広さ)
  2. 現在の伊勢神宮・内宮(皇大神宮)と似たような山・川に囲まれた自然が満たされた環境がある。

現今に至っては内宮がすでに創建されており、御正宮(御正殿)に天照大御神の御神体(八咫鏡)が祀られていますが、たとえわずかな期間であっても当宮敷地内に前身となるような御社殿が設けられ、ここで奉祀されていた経緯を加味すれば「元・伊勢」と呼ばれる理由がよく理解できるというものです。

大河之滝原之国の「御瀬社(多岐原神社)」とは?

倭姫命の一行が当地に訪れた時、宮川の急流に立ち往生してしまい、立ちすくんでいたときに、ちょうど当地に鎮座していた「真奈胡神(まなごのかみ)」という土地神が現れて、一行を急流の向こう岸へと渡し、倭姫命を快く出迎えてくれたそうです。

倭姫命は真奈胡神に「ここはなんという国ですか?」と尋ねると、真奈胡神は「ここは”大河之滝原之国」(おおかわのたきはらのくに)”です」と返します。

さらに倭姫命は、「大御神様の鎮まる場所を探して旅している」と告げると、真奈胡神は当地を大御神へ献上され、当地に大御神を祀るための神殿が建てられることになります。

一方、鎮座地を失くした真奈胡神のために、倭姫宮は真奈胡神が現れた場所に社殿を建てて、「御瀬社(みせのやしろ)」と名付けて真奈胡神を祀ることにします。

御瀬社は以来、崇敬が寄せられ、皇大神宮の摂社に列せられる運びとなり、のちに「多岐原神社(たきはらじんじゃ)」の名前を賜ることになります。

多岐原神社の場所は、瀧原宮 北側の山腹を約6㎞ほど越えた先の山奥に位置します。

多岐原神社の場所(地図)

瀧原宮から多岐原神社への道のりは「熊野街道・伊勢路」にも指定され、戦前まではここに「三瀬の渡し」という「渡し船」があったようです。

「元・伊勢」は他にもあるぅ??「”元・伊勢”の本当の意味とは?」

「元・伊勢」の本当の意味合いとは、以前に少しでも天照大御神(御神体・八咫鏡)が鎮座されていた場所を指します。

すなわち、本来であればその場所が神宮となった可能性もあるからです。

別の解釈では、天照大御神と豊受大御神が天から降(下)ってきた後に、現在の伊勢の地に鎮まるまでの間に鎮座した場所を意味するともいえます。

  • 天照大御神は「大和国の宮殿から伊勢」まで
  • 豊受大御神は「丹波国から伊勢」まで

この2柱の神様の鎮座された地は幾つか存在し、数にすると10箇所を超えます。

一説では、丹波の地で豊受大御神と天照大御神が同時に祀られた時期があるとも云われています。

そして、この瀧原宮は天照大御神が最後に祭祀され元・伊勢になります。

しかし、瀧原宮で祭祀された後、天照大御神の御神意によって現在の伊勢の地へ遷ることとなります。

瀧原宮の境内の杉の巨木群の歴史

瀧原宮には背丈が高いだけはなく、かなり横幅のあるガッシリと根張った巨木が群生していますが、中には推定樹齢600年から700年の巨木もあるようです。

また、かつてこの瀧原宮には名物にまでなった「太郎杉」と「次郎杉」と呼ばれた巨木も存在したのですが、1945年(昭和20年)のアメリカ空軍B-29の空爆によって被災しています。

現在、太郎杉は1954年に枯れた後、根元部分が神宮徴古館で展示される運びとなり、次郎杉の方も根元部分が切り取られ、地元の「大紀町郷土資料館」に展示される運びとなっています。

さらに、これに追い討ちをかけるかのように1959年(昭和34年)には「伊勢湾台風」の影響により、瀧原宮宮域内の木々は散々に吹き飛ばれています。

なお、この台風はよほど大きかったのか、伊勢神宮・両宮(内宮・外宮)の宮域内に群生していた「神宮杉」と呼ばれた杉の巨木は大半が吹き飛ばされたようです。


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瀧原宮の境内にある関係社と所管社

滝原宮

瀧原宮の中心的な殿舎になります。向かって右側の殿舎が瀧原宮です。

祭神には天照大御神の御魂である「和魂(にぎたま)」が祭祀されています。

殿舎の造りは神宮の内宮・外宮の境内の殿舎同様に神明造りの殿舎になります。

ただし、内宮・外宮御本殿は「唯一神明造」と呼称される建築様式で造営されており、それとは若干、造りが異なります。

唯一神明造の起源をたどれば、収穫した稲(米)を収納しておくための高床式倉庫に用いた建築様式であり、やがて、この建築様式が神社建築の原形となって行きます。

瀧原竝宮

「瀧原竝宮(たきはらならびのみや)」 (3)

創建年

不明
推定:804年から927年の間(平安時代)

建築様式(造り)

切妻造
平入
※神明造り

屋根の造り

茅葺き

御祭神

天照坐皇大御神御魂・荒魂(あらみたま)

社格

伊勢神宮・皇大神宮(内宮)「別宮」

瀧原竝宮の読み方

瀧原竝宮は「たきはらならびのみや」と読みます。瀧原竝宮も瀧原宮と同じく皇大神宮(内宮)の別宮になります。

祭神は天照大御神の御魂「荒魂(あらみたま)」です。

したがって、「瀧原宮(和魂)」と「瀧原竝宮(荒魂)」2つの社で、「天照大御神の御魂」をお祀りしているとも言い換えることができます。

「和魂」とは、神様の慈悲の心、優しい心になります。

「荒魂」とは神様の荒々しい行動を表現した魂になります。時には天災を引き起こすほどの力を持っています。

瀧原竝宮はいつ頃建てららた?「瀧原竝宮の創建年」

瀧原竝宮は瀧原宮と同等の天照大御神の御魂を祀ることから、おおむね瀧原宮と近い年代に創建されたものだと考えられますが、なにせ、この瀧原竝宮について記述された文献が少なく、確たる創建年は不明とされています。

瀧原宮では個人的な願い事をして良い??

伊勢神宮では「荒魂」をお祀りしているお宮の場合、個人的なお願いをしても良いということになっています。

しかし、瀧原宮は竝宮(2つで1つのお宮)であり、さらにましてや天照大御神の御魂が祭祀されていますので、ここでは個人的なお願いは控えておくのが賢明と言えます。

なお、瀧原竝宮の瀧原宮における参拝の順番では、瀧原宮の次に参拝する社です。

若宮神社

創建年

不明
推定:1228年(安貞2年)以前

建築様式(造り)

切妻造
平入
※神明造り

屋根の造り

板葺き

御祭神

不明

  • 推定その1:若宮の神
  • 推定その2:天水分神(あめのみくまりのかみ)
  • 推定その3:天若宮
社格

伊勢神宮・皇大神宮(内宮)別宮・瀧原宮「所管社」

若宮神社の読み方

若宮神社は「わかみやじんじゃ」と読みます。また祭神の若宮の神はそのまま「わかみやのかみ」と読みます。

「若宮神社」の社格は瀧原宮の「所管社」に位置づけられています。

若宮神社の歴史

神宮に伝わる古書物によれば、主祭神は「若宮の神」と記されているようですが、事実関係が判然とせず、現今に至っては不明とされています。

御祭神の「若宮の神」は「水にご利益ある神様」と云われており、一説では「水分神(みくまりのかみ)」とも云われています。

また、この若宮神社には別名が存在し、かつては「天若宮」とも呼ばれていたそうです。

ちなみに「若宮」と呼称される神社は、実は日本全国に幾つも存在し、通常は皇子(天皇の息子)や子孫をお祀りしている例が多く見受けられます。

すなわち、ひょっとすると倭姫命が祭神である可能性もあるということです。

なお、若宮神社の瀧原宮における参拝の順番では、瀧原竝宮の次に参拝する社です。

伊勢神宮・別宮ではたった1つだけしかない「御船倉」!貴重な”御船代”を祀る神社とは?

若宮神社の社殿の左脇には少し背の低い建物を見ることができます。

この建物は「御船倉(みふなぐら)」もしくは「御船殿(みふなどの)」と呼ばれる「倉」であり、いつ頃から当地のあるのは不明ですが、古い歴史を有するようです。

例えば、804年(延暦23年)に編纂された「延暦儀式帳」においても「御船殿一宇」との記載があり、これを正とするのであれば、平安時代初期から当地に存在したことになります。

御船倉の役割りとしては、御神体を納めるための「御船代(みふなしろ)」と呼ばる船形の入れ物を収納しておくためだと伝えられているようです。

しかし、現今に至っては従来通りの使用がされていないようです。

「御船倉(みふなぐら)」という倉があり、その中に御神体を納める「御船代(みふなしろ)」が納めてあると云われています。⬆️御船代

この御船代は、伊勢神宮のお宮やその他の関連した神社の中で、なぜかこの「若宮神社(瀧原宮)」のみにしか存在しないとのことで、その存在がいっさい謎とされています。

なお、神宮は従来からのやり方を踏襲していますので、瀧原宮の式年遷宮の際はこの御船倉も新造されます。(滝原宮の式年遷宮は内宮の翌年)

長由介神社

創建年

不明

建築様式(造り)

切妻造
平入
※神明造り

屋根の造り

板葺き

鰹木の数

6本

千木の形状

うち削ぎ(平面)

御祭神

長由介神

社格

伊勢神宮・皇大神宮(内宮)別宮・瀧原宮「所管社」

長由介神社の読み方

長由介神社は「ながゆけじんじゃ」と読みます。また祭神の長由介神は「ながゆけのかみ」と読みます。

この長由介神社は、瀧原宮所管社の3社の内、2番目の社格を有する社です。

長由介神社の「長由介」の名前の由来

長由介神社の「長由介(ながゆけ)」とは、「長生き」という意味合いがあるそうです。

現在では、その名残は感じられませんが、江戸時代には伊勢神宮へのお伊勢参りの一環で、長寿を願う参拝客で、大変な賑わいをみせていたそうです。

御祭神「長由介神」の不思議なご利益!

祭神は「長由介神」とありますが、実際は伊勢神宮・外宮の主祭神である「豊受大神(とようけのおおかみ)」のことであると伝えられています。

よって、長由介神の神は瀧原宮に納める「穀物(御饌)を守護する神様」と云われています。

社殿は西向きに鎮座しています。

なお、長由介神社(川島神社)の瀧原宮における参拝の順番では、若宮神社の次に参拝する社です。つまり順番的には一番最後に参拝する神社です。

瀧原宮の鳥居に注目!

瀧原宮には鳥居に名前があった!!

瀧原宮に訪れると嫌でも鳥居が視界に入りますが、この鳥居も神宮境内と同様の造りの鳥居になります。

そしてこの鳥居の名前を「伊勢型神明鳥居(伊勢神明鳥居)」と呼称します。

伊勢神宮の創建時から伝えられている由緒ある鳥居です。

伊勢神明鳥居の特徴

  • 一番上部の笠木の反りがない(キレイな水平型)
  • 一番上部の笠木の補助をする木(島木)がない
  • 上から2番目の「貫(ぬき)」が柱を貫いていない(内側に収まっています)
  • 素木造りである
  • 中央に扁額(へんがく/名札)が無い

社殿の造りも同じく、伊勢神宮と同じ「素木(しらき)」を基本とした造りで、これも神宮の他の社殿と同じです。

瀧原宮の行事・イベント

  • 1月1日:歳旦祭
  • 1月3日:元始祭
  • 2月11日:建国記念祭
  • 2月20日:祈念祭
  • 5月14日:風日祈祭
  • 8月4日:風日祈祭
  • 10月22・23日:神嘗祭
  • 11月26日:新嘗祭

瀧原宮の1番大きい行事・イベント「瀧原宮秋季大祭」

瀧原宮の1番大きい行事・イベント「瀧原宮秋季大祭」

瀧原宮では10月20日前後の日曜日に「瀧原宮秋季大祭」が執り行われます。

開催場所

  • 皇大神宮(伊勢神宮・内宮)別宮・瀧原宮

以下のような内容のイベントです。

  • ステージでのイベント
  • 境内の遊びコーナー
  • 体験コーナー
  • 御輿
  • バザー(屋台・露店)出店

瀧原宮へ参拝される場合は、ぜひ、この10月20日前後を狙って訪れるよう計画を練ってください。

瀧原宮のお問い合わせ先(住所・電話番号・定休日・駐車場)

  • 電話番号:0598-86-2018(瀧原宮・斎館)
  • 住所:三重県度会郡大紀町滝原872番地
  • 駐車場:100台

瀧原宮でのお昼の食事のランチは「道の駅・木つつき館」で!!

瀧原宮でのお昼の食事のランチは、道の駅「木つつき館」で!!

瀧原宮の真横(境内の入口付近)には「木つつき館」という、ランチ(昼食)が楽しめるレストランがあります。

「木つつき館」には人気で有名なメニューがあり、名前を「松阪重」と言います。

木つつき館 松阪重:1200円

  • 松阪重:1200円

道の駅・「木つつ木館」の営業時間・定休日・駐車場など

  • 住所:三重県度会郡大紀町滝原870−37
  • 電話番号:0598-86-3229
  • 営業時間
    平日:9時から17時まで
    土日祝:9時から18時まで(GW・夏休み・正月)
  • 定休日:毎週水曜日のみ(但し祝祭日と重なる場合は翌木曜日)
  • 駐車場:大型駐車場:7台、普通駐車場:150台

瀧原宮のへ、参拝に来られる際は、お腹を、ペぇコぉっペぇコぉっ にして訪れてください。

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