【伊勢神宮の式年遷宮とは❓】誰がいつ決めた❓20年ごとに行われる3つの理由とは❓

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伊勢神宮には古来、1300年間続けられている最大の儀式として式年遷宮があります。

以下では、伊勢神宮の式年遷宮について述べています。

まず‥「式年遷宮」とは?

伊勢神宮・式年遷宮式年遷宮とは、「しきねんせんぐう」と読みます。

式年遷宮の意味を紐解く前に、「式年」と「遷宮」に分けて考えると分かりやすいです。

「式年」とは?

式年遷宮の「式年」とは「定められた年」と言う意味になります。

式年の例として「式年祭」というものがありますが、これも同様に定まった年に執り行う祭典のことです。

「定められた年」とはタイトルの通り、伊勢神宮の場合は「20年ごと」になります。

伊勢神宮の遷宮は殿舎を別の敷地に新調しますので、別名で「式年造替(しきねんぞうたい)」もしくは、「正遷宮(しょうせんぐう)」とも呼称されます。

なぜ20年なのか?・・と言う理由に関しては諸説あるようですが、もっともな理由としては「天武天皇が定めたから」というのがこれに当てハマります。

「遷宮」とは?

「遷宮」とは、「殿舎(お宮)」もしくは「御祭神(神様)」を別の場所に遷す(うつす)、いわゆる移動させることです。

よって「式年遷宮」の意味とは、「”定められた年=20年”ごとに神様を新しく造営した殿舎へ遷す」ということ。




遷宮が20年ごとに執り行われる理由

天武天皇の御発意によって式年遷宮期間は20年と定められましたが、ではいったいなぜ天武天皇は20年と定めたのか?

実のところ、現在でもこの理由は判然とせず、いっさいが未詳とされる。

これは伊勢神宮の記録にも残されていないようです。

しかし現在では式年遷宮が20年ごとに執り行われる理由として、主に以下のような理由が述べられています。

  1. 天武天皇の御発意によるものだから
  2. 街の活性化(式年遷宮を行うことによって日本全体の活性化。ちなみに伊勢の街々は20年(式年遷宮)を基準として造り替えが行われる)
  3. 用材の耐用年数が20年が限界(寿命)(宇治橋の表面は20年経つと3cmもスリ減っている)
  4. 用材は樹齢200年〜300年のヒノキと決められている。用材の育成度合いなど揃えられる最小限界年数が20年。
  5. 常に清浄な環境で神々をお祀りするため。もしくは大御神が常に清浄な空間を御所望されるため。
  6. 大御神の御神威と御神徳を永遠に伝えるため
  7. 次の世代(弟子)に神宝作りの技を伝承をするための年月が約20年
  8. 神嘗祭で供進される神饌(穀物類)の最長保存年限が20年(実際に調査で20年であることが判明しているそうです。)
  9. 歴代天皇の遷宮が停止されたため(飛鳥時代を例えての説)
  10. 旧暦では約20年に1度、立春と元旦が重なる日があり、最大の吉日とされたため。

1.」の天武天皇については、伊勢神宮へ祈願した後、古代日本最大の戦争といわれる「壬申の乱(じんしんのらん)」に勝利したことから、爾来、伊勢神宮へ多大な崇敬を寄せるようになったといわれる。

その他、神宮の社殿群で20年間の日本全体の様々な穢れを吸い取っているといわれ、社殿を新造することによって新たに穢れを吸い取れる状態にしているという。

神道では社殿を真新しくして信仰を未来永劫へ紡いでいくことを「常若(とこわか)の精神」と呼び習わす。

殊に、持統天皇以前の天皇は自らが即位すると遷宮(都を移し替える)を行うことが多かったが、この理由はすべてをリセットすることで若々しい活力と、権威が遍満する自らの御代を実現するためだったといわれる。

しかし第41代の持統天皇に関しては藤原京(橿原市)を建設し、恒久的に不動の都にしようと考えたため、そうなると以降の天皇はすべて藤原京より動くことがなくなる。

然るに、以降の歴代天皇は遷宮を行わないようになるから、その代わりに充てがわれたのが伊勢神宮においての遷宮で、伊勢神宮の遷宮を行うことで自らの権威を示したという説も素敵に‥あ、あっちゃぅ。

尚、冒頭でも述べたように、式年遷宮は天武天皇の発意により開始されたが、厳密には次代天皇となる「持統天皇」の時から開始されてい‥申す。えっ

これは持統天皇が天武天皇の皇后(奥方)であり、愛しき旦那の遺言だったこともあり、その意志を承継する形で式年遷宮を制定してい‥申す。きゃ




伊勢神宮の式年遷宮は厳密には元来19年周期だった?!

一般的に伊勢神宮の式年遷宮は20年周期で広く知られているも、実は現在に至るまでの式年遷宮の歴史を見ていくと、その多くは19年ごとに執行されているのが素敵に分かる。

例えば、第1回目の内宮遷宮は690年(持統4年)、第1回目の外宮遷宮は692年(持統6年)。次いで第2回目の内宮遷宮は709年(和銅2年)、第2回目の外宮遷宮は711年(和銅4年)…と、外宮は内宮より2年遅れで斎行されているのが、やっぱり素敵に分かる。

尚、式年遷宮は戦国時代に約100年間中止されているのだが、この期間を素敵に除けば19年ごとのペースで斎行されてい‥申す。ひょ

19年ごとに行われていた理由とは❓

尚、19年ごとに式年遷宮が行われた理由については、現在に至っても素敵に未詳とされる。

一説に、旧暦の「朔旦冬至(さくたんとうじ)」の日が大きく関与しているという説も素敵に‥あっちゃぅ。

では式年遷宮が20年周期になったのはいつからや❓

徳川家康が江戸に幕府を開いた直後となる、1609年(慶長14年)に第42回目の遷宮が”最高”な気分で”斎行”されており、爾来、20年周期で行われてい‥申す。シゃ

あまつさえ、この第42回遷宮の時より内宮・外宮の遷宮が同時に行われるようになってい‥ます。(耐)ふぅ

関連記事:【伊勢神宮の式年遷宮の歴史】年表 一覧表

「朔旦冬至」が式年遷宮に影響を及ぼしていた⁉️

朔旦冬至とは❓

「朔旦冬至(さくたんとうじ)」とは、およそ19年周期で巡ってくる「旧暦11月1日」が「二十四節気の冬至とが重なる日」のことをいう。

「朔旦」とは、旧暦の毎月1日(もしくは1月1日)を指し、冬至とは12月20日頃を、これまた素敵に指す。

朔旦冬至の日は旧暦で最重要とされた日だった⁉️

実は、朔旦冬至の日は旧暦(太陰太陽暦)においては最重要とされた日の一つだった。

この理由は朔旦冬至の日のみ、19年に1度、太陽軌道を基にした二十四節気の「冬至」と、月の軌道を基にした「朔旦」が見事に一致する日だったことに因む。

旧暦は太陰暦(月の軌道)と太陽暦(太陽の軌道)が混淆した暦法であり、現在の太陽暦とは大きく異なる。

然るに、暦にズレが生じるわけだが、たとえ暦のズレがあったとしてもキッチリと合致する日が朔旦冬至と‥あ、なっちゃぅ。

このため、朔旦冬至の日はすべてがリセットされる「原点回帰の日」と古くより神聖視され、例えば、古代中国の宮廷では宴が盛大に行われたりしたらしい。

一説に、伊勢神宮の式年遷宮も、すべてをリセットした上で新たなステップとした原点回帰の思想に基づき、この朔旦冬至の日となる19年ごとに斎行していたのではないのか?‥等という見解もヤバぃよ素敵に‥あ、あっちゃぅ。

神宮には「外宮先祭」という大原則があるが、式年遷宮はやはり内宮から!!

伊勢神宮には、「天照大御神が外宮から先に祭典(神事)を執り行うように」というご神託のもと、以来、「外宮先祭(げくせんさい)」といって外宮から祭典が執り行われるのが絶対とされています。

しかし、この式年遷宮に関しては内宮から先に執り行われています。

これはやはり、式年遷宮が一概に祭典とはみなされず、殿舎の造り替えになりますので、歴代の天皇や神職の方々の配慮であると考えられます。

つまり、天照大御神が如何に尊い存在であるのかが理解できるというものです。

えっ!式年遷宮は8年前から行われ30もの行事や祭典の総称を遷宮と言う!?

式年遷宮とは言っても単純に遷宮1つの行事ではなく、約30もの行事と祭典を総称したものが式年遷宮となります。

式年遷宮は20年ごと(満21年目)に執り行われますが、実際はその8年も前から遷宮に向けての行事や祭典が執り行われています。

えぇっ!式年遷宮は実は3種類もあった?!

実は式年遷宮には、他に2種類存在すると言えば驚かれますでしょうか?

式年遷宮には、通常の20年毎に執り行われる式年遷宮の他、次のような2つの遷宮があります。

  • 仮殿遷宮
  • 臨時遷宮
「仮殿遷宮」とは?

仮殿遷宮とは、20年毎の通常の式年遷宮を終えた後、しばらく経て、例えば殿舎や心御柱に老朽化や自然災害によって破損があった場合に設定される遷宮になります。

この場合は、御仮殿という仮に造営した殿舎に御神体を遷して(うつして)もとの殿舎を修理(改修)します。

そして修理が終了すれば再び、もとの殿舎にお戻しするので、これを「仮殿遷宮」と呼称します。

「臨時遷宮」とは?

臨時遷宮は早い話が、自然災害などで殿舎が倒壊してしまい、修理するのが不可能と判断された場合、あたらに殿舎を新造することを「臨時遷宮」と言います。

臨時遷宮は臨時で突発的に行う遷宮となり、殿舎も新たに新造しますので、これは内容的には式年遷宮と変わらないことになり、本格的な遷宮になります。

「仮殿遷宮」と「臨時遷宮」が過去に執り行われた回数

これらの仮殿遷宮や臨時遷宮は、あまり公式的には公表されていませんが、過去に数回執り行われています。

仮殿遷宮は修繕になりますので回数も多く、過去に内宮で57回、外宮で64回も執り行われています。

一方、臨時遷宮は通常の遷宮と規模が変わらないことから、過去に内宮のみで、わずか5回だけ執り行われています。具体的には次のような年になります。

  • 792年(桓武天皇)
  • 1169年(高倉天皇)
  • 1659年(後西天皇)
  • 1683年(霊元天皇)
  • 1900年(明治天皇)

以上、合計5回。

式年遷宮の祭典・行事の順番

式年遷宮は主に3つに分類することができます。

用材切り出しの儀式「山口祭」

まずは新しい社殿に造り替えますので、そのための用材の切り出しが約8年前から始まります。

8年に行われる理由とは、切り出した大量の用材を搬出したり加工するのに膨大な時間と人の力が必要になるからです。

切り出しの際は、山ノ神がお宿りする御神木にオノを入れますので、山ノ神を鎮めるために「山口祭(やまぐちさい)」と言う神事(儀式)を行います。

造営開始の儀式「木造始祭」

用材の切り出しと加工が完了すれば次に行わるのはいよいよ造営です。

その造営開始の儀式を「木造始祭(こづくりはじめなさい..アレ?、あイヤイヤイヤ、「こづくりはじめさい」!!)」と言います。..ポっ♥

最後はいよいよ新居へ神様の引越しの儀式「遷御」

造営が完了すると、今度は新居へ大御神をはじめとした神々をお遷しします。

そのために行う儀式が「遷御(せんぎょ)」の儀式です。

以上、これらの手順を踏んだ祭典や神事のすべてが式年遷宮となります。




ええっ?!宇治橋の遷宮は4年前から行わる??

実は神宮における遷宮の新造は、まず宇治橋の架け替えから行われます。

宇治橋の架け替えは遷宮の約4年前から執り行われ、切り出された用材を外宮の付近に位置する「山田工作場」にて「小工(こだくみ)」と呼称される大工が約100人ほど集まり、加工して管理しています。

小工は棟梁(とうりょう)を支える重要な役目を担う方々で、棟梁から指示のあった用材を素早く取り出せる状態を確保しなければなりません。

このため、大量の用材の中からドコにどんな用材があると言ったをすべて把握しています。

そして完成後には「宇治橋渡始式」が執り行われます。

式年遷宮で社殿以外に新しくなるもの

式年遷宮においては、神宮全体の建物がほぼすべて作り替えられますが、その他に「神宝類(しんぽうるい)」も新調されます。

神宝類とは大御神をはじめとした神々に供進するためのお供え物(生活の道具や刀剣類、衣類)になります。

その数も714種、1576点と言う膨大な数となり、これらの神宝類を遠い昔からの伝統の技を受け継いできた職人たちによって(人間国宝の職人も数十人が参加)、1点1点、1パーツ1パーツ丁寧に手作りで制作されます。

1つの神宝を制作するためには、まずどういったパーツが必要になるのかを明確にして、そのパーツごとに職人を手配して1人1人の職人に図面を渡します。

そして最終的に仕上がった1つ1つのパーツを、別の職人が組み上げて1つの神宝を完成させます。

これらのパーツは大昔から受け継がれる技法や材料を用いて、寸分たがわぬ造形で制作されます。

神宮の遷宮のために設置された新しい機関「神宮式年造営庁」

式年遷宮は神宮での重要な位置付け行事であり神事でもある。

また、現代では式年遷宮の社会的経済効果もあり、式年遷宮と言うだけで世の中のあらゆる指数が動きます。

このような大きな祭典と言うこともあってか、神宮内では平成17年から「神宮式年造営庁」を発足させています。




式年遷宮を行う意義とは❓

職人たちの技も子から子へと半永久的に受け継がれる

伊勢神宮は式年遷宮によって社殿を”心臓”がバコバコと激しく鼓動するかの如くに”新造”し、永久的に伊勢神宮を次世代へとつなぐ。

そして忘れてならないのが職人たち。

職人たちにも子供や弟子がいて、次回の遷宮の時には自らが鍛えた愛弟子を一緒に連れてきてくれるんだそうです。

つまり、職人たちも20年後を契機とし、自身の技を次代へと継承する。

遷宮という一つの大きな目標を掲げ、日々、職人技を研鑽し、それを次代へつないでいく。

このような技術の伝承も遷宮が育んだ、我が国が世界に誇る貴重な文化遺産であり、式年遷宮というものが我が国にとってどれだけ重要な意味を成すのかが、身にしみて分か〜るというもの。

式年遷宮の際は御塩殿神社から参拝が始まる??

20年に1度、神宮では「式年遷宮」が執り行われます。

式年遷宮の際は、まず御塩殿神社へお参りして御塩の力で身体を清めてから、二見興玉神社へ詣でて無垢塩草でお祓いを受けて(”浜参宮”とも呼ばれる)、その後、外宮⇒内宮へと参拝するのが、正しい参拝方法と伝えられているようです。

伊勢神宮の式年遷宮の歴史(年表)

‥については下記ページを素敵に要チェック💘

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