
通常、御神体は見せるものではないとされていますが、あえて述べさせていただきます。
御神体(八咫の鏡)は「御船代」と呼ばれる舟形の箱にx入っている⁉️
「御船代(みふなしろ)」と呼ばれる、大きさ約2mほどのヒノキで作られた「船の形の入れ物」の中に、丁重にフタがされてお祀りされてるようです。
御船代に関しては、内宮外宮ともに共通しているようで、主祭神に一つと、両脇の相殿神に一つずつの御船代がある。
ただし、外宮の場合は主祭神以外に3柱の神様がお祀りされていますので、右脇の2柱の相殿神のみ、2柱一緒に御船代に収められるようです。
御船代の中に御神体が入った御樋代が収められる⁉️
」という倉があり、その中に御神体を納める「御船代(みふなしろ)」が納めてあると云われています。.jpg)
↑イメージ図(本物では無い)
御船代に収める際にも、絹(きぬ)の布が敷かれて、その中に後述の御樋代や御神体が丁重に収められ、最後は蓋(ふた)がされます。
ここまでで言えることは、主祭神に関しては特に厳重に収められていることに‥あ、なっちゃぅ。
外界との間に分厚い何重もの区切りを設けて、可能なかぎり外界の穢れが侵入しないように徹底的して神聖な空間をつくろうとする意志がうかがえる。
つまり、それほど御祭神が尊い存在だという証明でもあり、さらには神聖な空間に御座すからこそ、世の理を超越した御神力をふるえるということ。
御神体(八咫の鏡)は「御樋代」という箱に入っている⁉️
天照大御神の憑代(よりしろ)となる八咫鏡は、「御樋代(みひろしろ)」と呼ばれるヒノキの入れ物の中に「絹(シルク)」に包まれた状態で、寝かされた状態でお祀りているらしい。
殊に、御樋代は2種類存在するらしく、一つ目は黄金で作られた筒状の入れ物(御樋代)で、二つ目はヒノキで作られた御樋代とされる。
以上、然るに御神体(八咫の鏡)は、黄金の御樋代を覆い隠すようにして収められるようです。
1900年以降、天皇すら御神体を見た者はいない
上記の黄金の御樋代は1898年(明治31年)に臨時で行われた遷宮のみぎり、何人たりとも二度と開けれないように勅封がなされています。
その2年後となる1900年に御正殿は無事に完成を迎えて御神体が遷(うつ)されていますが、上述したように勅封されていますので、1900年以降、誰も御神体の姿を見た者はいないということに‥あ、なっちゃぅ。
殊に、臨時で遷宮が行われた理由は、内宮の参集所からの失火によって、宮域の社殿群が類焼に到ったためであり、そのみぎり、御神体を風日祈宮に避難させるという事態にまでなった。
この時、御正殿にまで類焼がおよび、神聖な御正殿の屋根が焼け落ちてしまうという最悪の事態にまでなったらしい。
この火事の後、臨時で御正殿が新造され、その2年後となる明治33年(1900年)に完成を無事迎えてい‥申す。えっ
内宮の本殿(正殿)の神様(ご利益)一覧や内部構造
‥については!以下ページを素敵に要チェック♡
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