【高河原神社(月夜見宮境内社)の神様(ご利益)とは❓】歴史(名前の由来)や場所はドコ❓

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月夜見宮(境内)・摂社「高河原神社」
区分詳細
創建年不明(推定:804年〈延暦23年〉以前)
建築様式(造り)切妻造・平入(※神明造り)
屋根造り板葺き
御祭神月夜見尊御魂
社格伊勢神宮・外宮(豊受大神宮)摂社

月夜見宮の境内には、「高河原神社(たかがわらじんじゃ)」と呼ばれる神社があります。

この神社の主祭神「月夜見尊御魂」は月夜見宮でお祀りしている「月夜見尊御魂」と同じ神様です。

月夜見尊御魂と宇迦之御魂神が同じ神?!

一説には月夜見尊御魂と「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」や「国魂神(くにたまのかみ/国生神)」が同一の神であるという見方もあるようです。

宇迦之御魂神とは、すなわち外宮の御正宮でお祀りされている「豊受大御神」のことであり、国魂神と神様とは日本の各地でもお祀りされている土地神のことです。

「高河原」の名前が示すものとは❓

高河原神社の「高河原」とは、かつて伊勢に存在した地名である「高河原」に由来するものだと云われております。

高河原とは、かつて宮川の畔にあった場所のことだとされており、現在の月夜見宮のもう少し宮川寄りの場所だと推測されます。

高河原はかつて斎宮の離宮院が建っていた場所であり、この離宮院は797年(延暦16年/平安時代)に現在の三重県伊勢市小俣町本町に移されています。

移された理由は、度会行忠が室町時代に著した「伊勢二所大神宮神名秘書」の記述によれば、「高河原の地は度重なる宮川の氾濫による浸水に悩まされてきた。そこで797年(延暦16年)に離宮院は度会郡油田郷宇羽西村(現在の伊勢市小俣町)へ移した」などのことが記されています。

もし高河原神社が797年頃、離宮院付近に存在したのであれば、797年(延暦16年)に当地に移築された可能性も浮上してきます。

なお、この神様が当地に祀られた理由は高河原の土地一帯の鎮守神(守護神)として祀られたようです。

その他の説では、当地で開拓が行われた際、古くから鎮座する土地神を鎮守する目的でお祀りされたとも云われています。

高河原神社の歴史(創建年)

高河原神社の創建年は不明とされていますが、804年(延暦23年)以前にはすでに創建されていたとされたと考えられています。

創建当初は現在のように月夜見尊御魂をお祀りした神社ではなく、地元の土地神を祀った神社だったと推察されています。

また、当神社の名前についてですが、創建当初から「高河原」が付されていたわけではなかったようです。

例えば、延喜式神名式では「川原坐国生神社(かわらにますくなりじんじゃ)」との記述が見られ、止由気宮儀式帳には「高河原社」の名前も見られます。

以降の経緯は不明ですが、1419年(応永26年/室町時代)頃までは、同じ伊勢市内にある「須原大社(すはらおおやしろ/伊勢市一之木)」の境内にて境内社として祭祀されていたようです。

この後、1663年(寛文3年)に現在の地に移築されており、すなわちこれが現在見ることのできる高河原神社の姿です。

参考文献・御巫 清直 著「神宮神事考證」

月夜見宮について

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