伊勢神宮(-JINGU-)◆ 月夜見宮(TSUKIYOMI-NO-MIYA)

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伊勢神宮(-JINGU-)◆ 月夜見宮(TSUKIYOMI-NO-MIYA)

伊勢神宮 外宮(別宮)「月夜見宮(つきよみのみや)」 (2)

創建年

  • 推定約927年(延長5年)以前
建築様式(造り)

  • 切妻造り
  • 平入
  • 掘立柱

※神明造り

屋根の造り

  • 茅葺き(萱葺)
鰹木の数

  • 5本
千木の形

  • 鋭鋒型(外削ぎ)
素材

  • 檜(ヒノキ)
大きさ(正殿)

  • 棟持柱の高さ(地面から棟まで):不明
  • 梁間:不明
  • 桁行:不明
鳥居の形式(境内)

  • 神明鳥居(伊勢鳥居)
御祭神

  • 月夜見尊
  • 月夜見尊荒御魂
社格

  • 伊勢神宮・外宮(豊受大神宮)「別宮」

月夜見宮の読み方

伊勢神宮の境内には、読みにくい名前の御祭神や殿舎が存在しますが、月夜見宮「つきよみのみや」と読みます。

「月夜見宮」は、伊勢神宮・外宮で、唯一の宮域外にある「別宮」となります。

外宮の北御門口から北へ一直線に向かう「神路通り」を歩いて5分程のところに位置します。

神社の社格制度について

なお、月夜見宮の外宮の4別宮においての社格の位置づけは3番目となっています。

この社格とは、お宮の創建年や現在に至るまでの歴史的背景、御祭神の位置づけなどが吟味され、その結果に基づいて社格が付されています。

すなわち、古の「延喜式の9巻・10巻(神名帳)」と明治時代に再編された「神名帳」基づいたものです。

ただ、現代においては、社格制度が廃止されており、一応の「神社の社格は無い」とされております。

しかし、こと伊勢神宮に関しては神社ではなく、「日本の神宮」なので、社格という概念に当てはめるのが畏れ多いとされており、社格制度には存在しない神社となっています。

月夜見宮の境内(宮域)の案内配置地図

月読宮の境内(宮域)の案内配置地図 (2)


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月夜見宮の歴史・由来

「月夜見宮」の敷地は、堀と柵と森林で囲まれており、その中央にお宮が建っています。

「月夜見宮」への入口は、「月夜見宮」という看板が立ってはいるものの、一見すると森林公園の入口のように見えます。

境内(宮域)に入ると分かりますが、伊勢市のド真ん中である市街地の喧騒が、ウソのように心の落ち着きを全身に染み渡るように感じることができます。

月夜見宮は、古くは、外宮の「摂社(せっしゃ)」でしたが、1210年に第83代「土御門(つちみかど)天皇」の時に、別宮に昇格しています。

月夜見宮の昇格の理由は定かではありませんが、土宮が末社(田社)から別宮へと昇格したように、伊勢の地の鎮守に関与しているものと思われます。

なお、一説には、このお宮は「丹波国造家(たんばのくにのみやつこ)」の度会一族よって、創建されたと云われており、丹波国造が外宮の正宮でお祀りされてる「豊宇気毘売神(とようけびめ/豊受大御神)」と「月夜見尊」を、丹波の「元伊勢(もといせ)」と呼ばれる土地から遷してきたと云われております。

月夜見宮の創建の理由

古来では、「月を読む」とは、現代で言うところの「暦(こよみ)」のことを言ったそうです。

明治以前は、大陰暦でしたから、月の満ち欠けは重要な時間の指標でした。

従来から、この伊勢の地は、農耕が盛んな地域でしたので「種まき」や「収穫の季節(時期)」、他には、五穀豊穣などを祈願する「祭事を執り行う時刻や日程」などを、できるだけ正しく知る必要があったと思われます。

そのため、「月」と「太陽」は、生活を不自由なく営む上で、非常に重要なファクターを占めており、これはもはや、切っても切り離せない関係となり、まさに「表裏一体の関係」であったと言えます。

したがって、御正宮で「太陽の神様」を、別宮で「夜の神様」をお祀りしていると言った、1つの解釈が成り立ってきます。

つまり、この月夜見宮は、農業とも非常にゆかりの深いお宮と言えます。

月夜見宮の御祭神「月夜見尊」「月夜見尊荒御魂」

月夜見尊

御祭神は「月夜見尊(つきよみのみこと)」と「月夜見尊御魂」という2柱神がお祀りされています。

そして、これらの神様は、1つの御殿に祀られています。

月夜見尊とは「三貴子(さんきし)」と呼称される三兄弟の一柱の神様です。

内宮に鎮座される天照大御神と同時に誕生した神とされ「素戔男尊(すさのおのみこと)」の兄神にあたるとされています。

古事記によると月読尊(つくよみのみこと)、日本書紀によると「月夜見尊(つきよみのみこと」もしくは「月の神」との記述があります。

以上のことから「月読尊も月夜見尊を御同体の神様である」と考えることができます。

また、神宮・内宮に鎮座される天照大御神とは対称の関係で考えられてきた神様でもあります。

これは「太陽=昼間」と「月=夜」の意味合いに基づくものです。

月夜見尊荒御魂

月夜見尊荒御魂は、月夜見尊(月読尊)の荒ぶった魂のことです。

荒魂(あらたま)」の逆の表現を持つ魂として「和魂(にぎたま)」があります。

和魂とは、慈悲や寛大な心といった、神様の穏やかな心の側面を示す魂です。

通常、伊勢神宮では、神様の「荒魂」と「和魂」とを分けてお祀りすることが多いのですが、こと、この月夜見宮に関しては、なぜか1つの社殿で月夜見尊と同時にお祀りされています。

荒魂には、神様の荒ぶる魂が祀られていますので、これが「=パワーの源」という解釈になり、現在ではパワースポットとして位置づけられています。

えぇっ?!かつては月の神は男性の神様と信じられていた??

実は昔は月の神は男性の神様と信仰されていたようです。

これが事実であるならば、単純に「太陽=昼間」と「月=夜」という関係だけではなく、男性の神様と女性の神様ということも対称の関係にあったという説が浮上してきます。

月読尊(月夜見尊)は謎が多い神様

月読尊は謎が多く、記紀(日本書紀・古事記)によると夜の世界を治めていただけではなく、天照大御神と一緒に天界を治めていたり、あるいは、日本書紀の記載の一部では、海の世界をも治めていたとされる説があります。

定説では父神の「伊邪那伎命」の命令によって以下の世界をそれぞれ治めたとされています。

  • 天照大御神は「天界(高天ヶ原)」
  • 月夜見尊は「夜の世界」
  • 建速須佐之男命は「海」

 

「古事記」によれば、「伊邪那伎命(イザナギノミコト)」の右目から生まれたとされ、もう片方の目からは「天照大御神」が産まれ、鼻からは「建速須佐之男命(スサノオノミコト)」が産まれたとされています。

しかし「日本書紀」においては「古事記」とは逆説の記載があり、月夜見尊は「イザナギ神の左目から産まれ出でた」とされていたり、他にも、「イザナギ神が右手に持った白銅鏡から産まれ出でた」とされる説などもあります。

月讀宮と月夜見宮の違い

伊勢神宮の内宮・別宮には、この外宮の月夜見宮と相対する形で「月読宮(月讀宮/つきよみのみや)」が存在し、御祭神として「月讀尊(つきよみのみこと)」という神様が祀られています。

上述した通り、双方同じ神様と言えますが、昔は別の神様として崇敬が寄せられていたようです。

 

  1. まず、もっともな違いは月読宮は「荒魂が別の殿舎」で祭祀(おまつり)されているということです。月夜見宮では「荒魂が一緒の殿舎」で祭祀(おまつり)されています。
  2. もう1つの説では、少し上述しましたが「月読は男性の神様」で「月夜見は女性の神様」であったとも云われております。

やはり「月夜見宮」にもあった!!超・パワースポットが!!

月夜見宮の境内(宮域)の右側には、「楠木の巨木(御神木)」が自生しており、この御神木が、伊勢神宮のパワースポットの1つであると噂されているようです。

「月夜見宮」の御神木

やはり「月夜見宮」にもあった!!パワースポットが!!

楠の巨木(御神木)大きさ

  • 高さ:約20m
  • 幹の周囲の長さ:約8m
樹齢

  • 推定400年
御神木からパワーをいただく方法

この御神木に、手を合わせて祈る人の姿も見られますが、ソッと木に触れてみてください。

そして、身体の体幹を意識して、体幹に御神木からのパワーを浸透させるイメージをもって、木に宿るパワーを体内の芯(体幹)に宿らせます。

つまり、御神木が蓄積してきた何百年ものエネルギー(パワー)を少し分けていただきます。

月夜見宮(境内)の見どころ

月夜見宮(境内)・摂社「高河原神社」

月夜見宮(境内)・摂社「高河原神社」
創建年

  • 不明
  • 推定:927年(延長5年)以前
建築様式(造り)

  • 切妻造
  • 平入

※神明造り

屋根造り

  • 板葺き
御祭神

  • 月夜見尊御魂
社格

  • 伊勢神宮・外宮(豊受大神宮)「摂社」

月夜見宮の境内には、「高河原神社(たかがわらじんじゃ)」と呼ばれる神社があります。

この神社の主祭神の「月夜見尊御魂」は月夜見宮でお祀りしている祭神様と名前が似ていますが、高河原神社でお祀りされている神様は「御魂」となります。

そして、この神様は他にも名前が存在しており、古文書の考察によると、一説には「宇迦之御魂神(うかのみたまのみこと)」や「国魂神(くにたまのかみ/国生神)」と、同じ神様であるとされています。

宇迦之御魂神は、すなわち外宮の御正宮でお祀りされている「豊受大御神」のことであり、国魂神と神様とは日本の各地でもお祀りされている土地神のことです。

また、創建年は不明とされていますが、1663年(寛文3年)に、現在の地に再興されるまでは、当初、同じ伊勢市内にある「須原大社(すはらおおやしろ/伊勢市・一之木)」にて、1419年(応永26年)頃までお祀りされていたと伝わっているようです。

この神様は、その昔、宮川の高河原と呼ばれたこの地の開拓に際して、土地神様を鎮守する目的でお祀りされたと云われております。

※参考文献・御巫 清直 著「神宮神事考證」


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月夜見宮の境内にある「もう1つの神社」

実は、月夜見宮の境内にはもう1つ神社らしき場所があって、御神木の前に木製の鳥居が建てられている場所を見受けることができます。

月夜見宮の境内にある高河原神社と相対する「もう1つの神社」よく見ると大木の御神木の下に、白狐の像が2つ並んでお祀りされているのが分かります。

これは、地元の方がお祀りしたようで、名前も特にないようです。

伊勢市に伝わる「伊勢市史」によると・・

第二次世界大戦の最中、相続く日本軍の敗北により、世界での勢力圏を奪われ、米軍に日本本土侵略を許してしまい、ついに米軍の最新鋭戦闘爆撃機B-29による空襲が開始された。

の空襲は、ここ伊勢の地まで及び、伊勢山田の空襲において「焼夷弾」が投下された。

・・と、記述があり、その時、ここ月夜見宮の楠にも着弾し、楠に被害が及んだそうですが、この楠がすべて引き受けてくれたおかげで、地元の人々は一命を取り留めたそうです。

以降、現在に至るまで、楠への感謝の意を込めて、この楠をお祀りしているそうです。

月夜見宮の御朱印の種類と値段について

すでにご存知の方も、おられると思いますが、この「月夜見宮」でも御朱印が頂けます。

御朱印をいただける場所は境内の「宿衛屋(しゅくえいや)」でいただくことができます。

尚、ここではお守りも授与できて、お守りの数や種類も内宮・外宮とほぼ同様のお守りが授与できます。

中央に押印がされている「月夜見宮」の御朱印

中央に押印がされている「月夜見宮」の御朱印

「月夜見宮」の御朱印の値段(初穂料)

  • 300円

【補足】伊勢神宮でいただける御朱印数

なお、伊勢神宮で御朱印を頂けるのは次の7個所です。

「外宮・内宮、 月讀宮・ 瀧原宮・ 伊雑宮・ 倭姫宮・ 月夜見宮」
※内宮の御朱印は「神楽殿」で扱っています。

※また、お宮によっては無人になる所もあるようです。

伊勢神宮でいただける御朱印数さらに、伊勢神宮周辺の神社では、二見輿玉神社、猿田彦神社、竜宮社、茜社などがあり、これらの神社でも御朱印をいただけるようです。

月夜見宮の祭事

ここ月夜見宮でも祭事が執り行われ、これは御正宮に次ぐほどの規模の祭事が執り行われています。

祈年祭(きねんさい)

祈年祭の日程

  • 2月18日
祈年祭の内容

今年の作物全般においての豊穣を祈願するお祀りです。
同時に国家鎮守も祈願します。

月次祭(つきなみさい)

月次祭の日程

  • 6月18日と19日・12月11日
月次祭の内容

別名・「三節祭」や「三時祭」とも呼ばれています。
国家鎮守と天皇の長寿と健康を祈願する御祭事です。

神嘗祭(かんなめさい)

神嘗祭の日程

  • 10月18日と19日
神嘗祭の内容

「大御饌(おおみけ)」の名前のとおり、その年に収穫された最高の作物を神様へお捧げして、今年の感謝と来年の豊作の祈祷をお捧げします。

新嘗祭(にいなめさい)

新嘗祭の日程

  • 11月24日
新嘗祭の内容

その年の穀物の収穫を祝うお祭りです。
天皇陛下がその年に収穫された穀物を食し、同時に神様へもお捧げします。

なお、これらのお祀りには皇室(天皇)から、神様への捧げ物があります。

月夜見宮へのお問い合わせ先

住所

  • 伊勢市宮後1
月読宮の参拝可能時間(開門・閉門時間)

月読宮の参拝可能時間は時期によって異なります

  • 10月・11月・12月午前5時~午後17時
  • 1月・2月・3月・4月・9月午前5時~午後18時
  • 5月・6月・7月・8月午前5時~午後19時
電話番号

  • 0596-24-1111(神宮司庁広報室 )

月夜見宮へのアクセス・行き方「バス・徒歩・電車」

伊勢神宮・外宮から月夜見宮へのアクセス・行き方「徒歩」

  • 距離:約900m
  • 所要時間:約12分

伊勢神宮・外宮から月夜見宮へのアクセス・行き方「徒歩」上記でも少し説明しましたが、伊勢神宮・外宮の「北御門」を出て、真っ直ぐに北へ500mほど徒歩で歩いた先に「月夜見宮」があります。

余談とはなりますが、外宮の境内から「月夜見宮」へ続く、この道は、神話の時代からあったとされる道で、本来の名前を「神路通り」といいます。

伊勢市駅(近鉄/JR)から月夜見宮へのアクセス・行き方「徒歩」

  • 距離:約500m
  • 所要時間:約6分

伊勢市駅(近鉄JR)から月夜見宮へのアクセス・行き方「徒歩」

月夜見宮の最寄りのバス停

・三重交通バス「新道バス停」下車、徒歩約3分
・おかげバス(伊勢市コミュニティバス)「月夜見宮前バス停」下車スグ

伊勢神宮・外宮のおすすめの参拝ルート

 

おわりに・・

神路通りと須佐之男のこんな物語

「神路通り」と言えば、特に地元・伊勢の人々からは「外宮と月夜見宮とを結ぶ神が行き交う通り」と言われ、特に神聖視されてきました。

例年、正月時期には神路通りの家々や店々の玄関口には「笑門」「千客萬来」「蘇民将来子孫家門」と書かれたユニークな「しめ飾り」を見ることができます。伊勢の街、特有の光景だそうです。

「笑門」「千客萬来」「蘇民将来子孫家門」と記載されたしめ飾りを掲げる理由とは、なんでもその昔、伊勢の地を訪れた須佐之男命に「蘇民将来」と言う地元の人物が一夜の宿を提供したそうです。

須佐之男命はその礼にこう言ったそうです。

「玄関口に上記のような”門符”を飾れば子々孫々、疫病から救ってやる」

それ以後、伊勢の人々は、家や店に上記のような「笑門」「千客萬来」「蘇民将来子孫家門」と書かれた「しめ飾り」を飾るようになったとのことです。

さらに目を惹くのが、通常、しめ飾りは「松の内(元旦から7日間、もしくは15日)」まで飾りますが、なんと!伊勢の街々は1年間ずっとかけっぱなしにするそうです。

また伊勢の街々、店々の屋根の造りの特徴を見て気づいた方も多いと思われますが、切妻造りで妻側に入口がある建物が多いことに気づきます。

これは御正殿が平側に入口があるので、同様の造りをするのは畏れ多いと言うことで、敢えて妻側に入口を設置しているそうです。

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