伊勢神宮(-JINGU-)◆ 川原祓所(KAWARA-NO-HARISHO)
川原祓所の読み方
川原祓所「かわらのはらいしょ」
川原祓所の名前の由来
「川原」と呼ばれる謂れは、その昔、藤岡山からの伏流水が、この付近を流下していたことに起因するもの。
星霜経て、地震などの天災の影響からか、流路が閉塞される形で埋まり、3つの池が現れた。
現在、三ツ石の南側に広がる御池は、正式には「中の御池(なかのごいけ)」と呼ばれる。
江戸時代、この御池前に参拝者専用の御手洗場があったらしい。
ちなみに「藤岡山」とは、外宮宮域後方にそびえる山であり、高倉山を構成する山の一つとされる。(外宮後方にそびえる高倉山とは、山域の総称とされる。)
川原祓所の別名「三ツ石」??
川原祓所は、内宮と外宮の境内にそれぞれ1つずつ存在します。
内宮の「川原祓所」は、御手洗場(みたらしば)の先にある滝祭神の南側にあります。
ここは、「河合淵端(かわいぶちはた)」と呼ばれる川原です。
外宮の川原祓所は、「多賀宮の遙拝所」と「別宮の土宮」の間に位置しています。
外宮の川原祓所は、現在ではパワースポットして知られており、別名「三ツ石」とも呼ばれています。
近年では通り名の「三ツ石」の方が有名です。
注意点としては、この三ツ石で右手をかざすと、強力なパワーがいただけるとして有名です。
しかし、この三ツ石の周りには「しめ縄」が張られており、これは神域と現世とを隔てる結界のようなものであります。
すなわち、しめ縄を跨いで右手をかざしても、本当にパワーが得られるのかは、気になるところです。
伊勢神宮・川原祓所の役割と「式年遷宮の川原大祓」
式年遷宮(しきねんせんぐう)の前日の夕方近くになると「川原大祓(かわらおおはらい)」という儀式が、この「川原祓所」にて執行される。
式年遷宮とは、20年に1度執り行われる祭典で、第1回目は天武天皇の発願により、皇后の持統天皇が行ったとされています。
以後、戦国期の数百年間、執り行えない期間が存在しましたが、数千年の歴史を持つ、神宮を代表する伝統的な行事です。
この儀式では、御神体を旧正宮から新正宮の御正殿に移すための「遷御(せんぎょ)の儀」に使われる「祭器具」や「ご装束(しょうぞく)」と「ご神宝」、そして、祭主(神宮の神職の長)以下の神職全員が、祓い清められます。
式年遷宮の遷御の前日には、これ以外に2つの祭儀が行われます。
後鎮祭
「後鎮祭(ごちんさい)」とは、伊勢神宮の土地の平安を祈る儀式のことです。
新調された「御装束神宝(おんしょうぞくしんぽう)」の数々を天照大御神にお納めします。
御装束神宝読合
「御装束神宝読合(とくごう)」とは、後鎮祭の時に、大御神へお捧げする品々に抜けがないのかを、チェックするための儀式です。
この儀式では、新正宮の四丈殿(よじょうでん)で詠み合わせて照合し、抜けがないかを確認します。
その際、「川原祓所」には、御神体をお納めする「仮御樋代(かりみひしろ)」と「仮御船代(かりみふなしろ)」、および「遷御(せんぎょ)」に使う用具や、神様の衣装や調度品の「御装束神宝」が納められた木製の箱がずらりと並べられます。
これらの調度品の後方ならび横には、遷御に仕える祭主以下の神職全員が、式年遷宮、当日の正装を身につけて立ち並び、お祓いの儀式が催されます。
※遷御=遷宮の1つ儀式。御神体を新しい神殿へ遷す儀式です。
その後、遷御の儀で用いられるものは、旧正宮へ、その他の物は新正宮へ運ばれます。
伊勢神宮・内宮の「川原祓所」の場所(地図)
内宮の「川原祓所(かわらのはらいしょ)」は、御手洗場(みたらしば)の先にある「滝祭神」の南側にあります。
内宮のオススメ参拝ルート
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