伊勢神宮の式年遷宮とは?「20年ごとに行われる真の理由」

スポンサードリンク

伊勢神宮の式年遷宮とは?「20年ごとに行われる真の理由」

まず・・「式年遷宮」とは?

伊勢神宮・式年遷宮式年遷宮とは、「しきねんせんぐう」と読みます。

式年遷宮は690年(持統天皇4年)の年にまず内宮で第1回目が開催され、次いで692年に外宮の遷宮が執り行われています。

ただし、「日本書紀」や「続日本書紀」には「内宮785年(延暦4年)の第6回目」、「外宮の第10回目となる870年(貞観12年)」の記述しかないことから、第1回目の遷宮の年代は不鮮明な部分があり、一説では「外宮先祭」の大原則に則って外宮の遷宮が先であったとも考えられています。

そして直近の式年遷宮となるのが平成25年10月であり、第62回目となります。

ちなみに式年遷宮の「式年」とは「定められた年」と言う意味になります。

定められた年とはタイトルの通り「20年」になります。

なぜ20年なのか?・・と言う理由に関しては諸説あるようですが、もっともな理由としては「天武天皇が定めた」と言うのがこれに当てハマります。

また「遷宮」とは、御祭神(神様)を別の殿舎へ遷す(うつす)ことです。

よって式年遷宮の意味とは、「”定められた年=20年”ごとに神様を新しく造営した殿舎へ遷す」と言うことになります。

えぇっ?!式年遷宮は実は過去に1度中止になっていた?!

神宮における式年遷宮は690年以降、現代に至るまでに約1300年の歴史を持ちます。

しかし、室町時代(南北朝時代から戦国時代)には一時期、遷宮が約100年間も中止された時期がありました。

これは戦乱が相次ぎ、世の中が荒れ果てて人々の心も荒んでしまい、神社へ参拝と言った余裕がなかったことが背景にあります。

しかし慶光院と呼称される山田西河原(現在の伊勢市宮後)にかつて存在した寺院の尼僧が、日本全国を駆けずりまわって勧進(浄財を集め)を行い、何とか遷宮を復活させるに至っています。

以降、現在に至るまで中止されることなく、20年周期(満21年)で執り行われています。

えっ!式年遷宮は8年前から行われ、30もの行事や祭典の総称を遷宮と言う!?

式年遷宮とは言っても単純に遷宮1つの行事ではなく、約30もの行事と祭典を総称したものが式年遷宮となります。

式年遷宮は20年ごと(満21年目)に執り行われますが、実際はその8年も前から遷宮に向けての行事や祭典が執り行われています。

式年遷宮の祭典・行事の順番

式年遷宮は主に3つに分類することができます。

用材切り出しの儀式「山口祭」

まずは新しい社殿に造り替えますので、そのための用材の切り出しが約8年前から始まります。

8年に行われる理由とは、切り出した大量の用材を搬出したり加工するのに膨大な時間と人の力が必要になるからです。

切り出しの際は、山ノ神がお宿りする御神木にオノを入れますので、山ノ神を鎮めるために「山口祭(やまぐちさい)」と言う神事(儀式)を行います。

造営開始の儀式「木造始祭」

用材の切り出しと加工が完了すれば次に行わるのはいよいよ造営です。

その造営開始の儀式を「木造始祭(こづくりはじめなさい..アレっ??、あイヤイヤイヤ、「こづくりはじめさい」!!)」と言います。..ポっ

最後はいよいよ新居へ神様の引越しの儀式「遷御」

造営が完了すると、今度は新居へ大御神をはじめとした神々をお遷しします。

そのために行う儀式が「遷御(せんぎょ)」の儀式です。

以上、これらの手順を踏んだ祭典や神事のすべてが式年遷宮となります。

ええっ?!宇治橋の遷宮は4年前から行わる??


スポンサードリンク -Sponsored Link-






実は神宮における遷宮の新造は、まず宇治橋の架け替えから行われます。

宇治橋の架け替えは遷宮の約4年前から執り行われ、切り出された用材を神宮・外宮の付近に位置する「山田工作所」にて「小工(こだくみ)」と呼称される大工が約100人ほど集り、加工して管理しています。

小工は棟梁(とうりょう)を支える重要な役目を担う方々で、棟梁から指示のあった用材を素早く取り出せる状態を管理しなければなりません。

そのため、大量の用材の中からドコにどんな用材があると言ったをすべて把握しています。

そして完成後には「宇治橋渡始式」が執り行われます。

宇治橋渡始式や宇治橋に関しては当サイトの以下↓の別ページでご紹介しております。

遷宮が20年ごとに執り行われる理由

すでに上述したように天武天皇の御発意によって式年遷宮期間は20年と定められましが、天武天皇はいったいなぜ20年とお決めになられたのでしょうか?

実がこの理由は明らかにされておらず、いっさいが謎とされており、これは伊勢神宮の記録にも残されていないようです。

しかし現在では式年遷宮が20年ごとに執り行われる理由として、主に以下のような理由が述べられています。

  1. 天武天皇の御発意によるもの
  2. 街の活性化(式年遷宮を行うことによって日本全体の活性化。ちなみに伊勢の街々は20年(式年遷宮)を基準として造り替えが行われます。)
  3. 用材の耐用年数が20年が限界(寿命)(宇治橋の表面は20年経つと3cmもスリ減っているそうです。)
  4. 常に清浄な環境で神々をお祀りするため。もしくは大御神が常に清浄な空間を御所望されるため。
  5. 次の世代(弟子)に神宝作りの技を伝承をするための年月が約20年
  6. 神嘗祭で供進される神饌(穀物類)の最長保存年限が20年(実際に調査で20年であることが判明しているそうです。)
  7. 大御神の御神威と御神徳を永遠に伝えるため

その他、神宮の殿舎群で20年間の日本全体の様々な穢れを吸い取っているとも云われています。

つまりは殿舎を新造することによって新たに穢れを吸い取れる状態にしているとも考えられています。

そして神道ではこのことを「常若(とこわか)」と呼んでいます。

式年遷宮で新しくなるもの

上述したように式年遷宮においては、神宮全体の建物がほぼすべて作り替えられますが、その他に「神宝類(しんぽうるい)」も新調されます。

神宝類とは大御神をはじめとした神々に供進するためのお供え物(生活の道具や刀剣類、衣類)になります。

その数も714種、1576点と言う膨大な数になり、これらの神宝類を遠い昔からの伝統の技を受け継いできた職人たちによって(人間国宝の職人も数十人が参加)、1点1点、1パーツ1パーツ丁寧に手作りで制作されます。

1つの神宝を制作するためには、まずどういったパーツが必要になるのかを明確にして、そのパーツごとに職人を手配して1人1人の職人に図面を渡します。

そして最終的に仕上がった1つ1つのパーツを、別の職人が組み上げて1つの神宝を完成させます。

神宮の遷宮のために設置された新しい機関「神宮式年造営庁」

尚、上述では伝えませんでしたが、式年遷宮は神宮における最大の行事であり神事になります。

また、現代では式年遷宮の社会的経済効果もあり、式年遷宮と言うだけで世の中のあらゆる指数が動きます。

そんな大きな祭典と言うこともあってか、神宮内では平成17年から「神宮式年造営庁」を発足させています。

一般には知られていない!その他に遷宮で新調される意外な「こんな物」

これはあまり知られていませんが、他にも遷宮で新調される重要な物があります。

この重要な物とは、どちらかと言うと「神宮から見た目線においての最重要的な物」となります。

何だかお分かりでしょうか?

察しの良い方であれば気付いてしまうかもしれませんが、その物と言うのが「心御柱(しんみのはしら)」です。

別名で「忌柱(いみばしら)」や「天御量(あまのみはかりのはしら)」「天御柱(あまのみはしら)」とも呼称されます。

心御柱とは内宮外宮の正宮の下に埋まっている柱であり、殿舎を構成する部材ではないことから、その存在がいっさい謎とされている柱になります。

大きさは人間の身長ほどあり、一説では歴代の天皇の身長を測定して造られていたとも考えれられているものです。

心御柱が埋まっている場所は既に上述していますが、現在の内宮・外宮の両正宮と前回、正宮が建てられていた場所である「古殿地(こでんち)」に埋められています。

古殿地を見学された方であればお分かりでしょうが、古殿地の中程にポツンと寂しく建っている「小さな小屋(覆屋(おおいや)」の中に心御柱が埋まっています。

尚、古殿地に関しては当サイトの以下↓の別ページでご紹介しております。

心御柱の遷宮

心御柱は神宮にとっては非常に重要な物であり、殿舎の下に埋まっている理由と言うのも、次回の遷宮においての正宮の位置を明確にするための目印の役目もあります。

その他、正宮でお祀りされる御神体の位置までもを明確にするためと目印であるとも言われています。

これがどういうことかと申しますと、心御柱の真上に古来の形式通りに寸分違わず正宮が建ち、さらにその正宮の中でも心御柱の真上に寸分違わず「御神体(大御神の場合は神鏡)」がくるようにしなければならないとされています。

そしてこの心御柱の遷宮における儀式の手順は以下の通りです。

木本祭(このもとさい)

これから殿舎を新造するのでその用材を採るために、森林を守護する山の神に対する儀式です。木を伐採するので山の神を鎮めるための儀式です。

 地鎮祭(じちんさい)

新しい心御柱を建てる場所(地面)を守護する土地神に対する儀式です。穴を掘るので土地神様をお鎮めします。詳しくは土地神に「カワラケ」と呼称される「素焼きの陶器」を800枚ほど奉納します。

心御柱奉納環の儀・奉建の儀

地鎮祭が終わると今度はいよいよ心御柱を埋めることになります。

埋める場所は前回、心御柱が埋まっていた場所となり、御柱がキレイに埋まるよう微調整をしながら穴を堀ります。

ちなみに、この時、掘った穴は「忌穴(いみあな)」とも称されます。

また、心御柱を埋める際は「榊(さかき)の葉」が8枚ほど取り付けられ、さらに「5色の糸(青・赤・黄・白・黒)」が巻かれます。

心御柱が形式通りに埋まれば、最後に「お粥(かゆ)」が供進されて(お供えされて)終了となります。

ところで・・心御柱を新調すると言うことは前々回の心御柱はどうなるの??

ここでこの疑問に辿り着いた方はなかなか鋭い方ですが、新たに御柱を新調すると言うことは前々回に埋めた御柱はどうするのか?と、言ったことが問題になります。

実のところ、この前々回の心御柱に関しては「秘儀中の秘儀の儀式」が執り行われると言われており、秘儀担当の神職以外は誰も知らないと言われ、また神宮内で心御柱の話をするのは、いっさいタブーとされているようです。

一説によると、人が寝静まった真夜中に心御柱を埋葬する担当の数人の神職のみが寄り集まり、内宮と外宮の間に位置する「地獄谷(地極谷/じごくだに)」と呼称される場所でヒッソリと埋葬の秘儀が執り行われると言われております。

その様子はまるで高貴な身分の人を埋葬するかの如く、始終丁寧に執り行われるそうです。

式年遷宮における「社殿造り替えの材木」に関して

「神宮備林(じんぐうびりん)」

伊勢神宮では、遷宮時の社殿を造り替える材木を、本来であれば伊勢神宮の神域や、その周辺の山々(神路山など)にそびえる巨木を使用することで賄われてきました。

※注釈※=巨木とは樹齢800年から900年ほどの巨木を指し示します。

しかし、ここ近代に至っては、自然災害などの影響もあって、神域の木の数が古来よりも激減しており、さらに神宮の神域の木が古来のように育成していない状況にあります。

これらのことから、現在の神宮神域内におけるすべての社殿を造り替えるほどの量の材木が、確保できないといったことになります。

そこで現在では、「神宮備林」と呼ばれる「日本各地(主に信州/長野県木曽郡周辺)の材木」を主に使用して社殿の造り替えを行っています。

なお、「神宮備林」とは「帝室林野局(現在の宮内省・林野庁)」が指定した森林でもあり、すなわち、国有林としての側面を持っています。

現在、神宮では植林を行っていますが、これらの木々が育ち用材として使用できるまでには約200年!はかかると言われています。

伊勢神宮の遷宮で使用される素木について

伊勢神宮で使用される素木について伊勢神宮で使用される素木(丸太)ですが、なんと!木を切ってそのまま使用するのではなく、2年から3年もの間、水に浸けておくそうです。

2年から3年もの間、水に浸ける理由とは、一言でいうところの「乾燥」にあります。

つまり、水に浸けることによって乾燥させているワケなのです。

「水に浸けて乾燥?」

おいおい..コイツ、おバカなんじゃないの?

・・などと、思わず口からポロっと飛び出してしまいそうになりますが、実は水に浸けることによって、木の中にある「大量の樹液」を抜いているのです。

樹液を抜くと、木の性質として乾燥後に水分を含みにくく、ヒビ割れなどが発生しにくくなり、数十年もの間の耐久性を備えことができるワケです。

そして、水に2年から3年浸したあとは再び地上へ揚げて、そこからまた1年ほど乾燥させます。

このように社殿の造り替えには、たくさんの知恵(技術)と時間、そして、人の力が必要になってくるということになります。

【補足】神社やお寺の建築でなぜ、ヒノキ(檜)が使われるのか?

神社やお寺の建築でなぜ、ヒノキ(檜)が使われるのか?近年においては、立て続けに国民的人気を誇る、2大スターともいうべきお社が、ほぼ同時期に遷宮の時期を迎えています。

「2008年(平成20年)4月に出雲大社」

「2005年(平成17年)10月に神宮」

遷宮の開始時期は異なりますが、双方のお宮の遷宮式が、2013年度に同時に執り行われています。

この双方のお社の遷宮の木材に関してですが、2つのお社とも「檜(ヒノキ)」が使用されています。

さらに、奈良・法隆寺を代表とした古代建築物にもヒノキが多数使用されています。

なぜ、ここまでヒノキが重宝されるのでしょうか?

まず、社殿やお堂の造り替えを行うには、たくさんの木材が必要になります。

また工事の期間も何年とかかります。

すなわち、使用する(伐採する)木材量の限界や、人足の関係、時間(期間)などからみても、何度も簡単に建て替えができないといったことになります。

つまり、1度造り替えをすれば、その後、何十年と建物を維持しなければなりません。

そこで、耐久性を兼ね備えた木材が必要になってくるワケです。

このような諸条件に適した木材こそが「ヒノキ」だということです。

ちなみに神宮では、特に御神体をお収めする「御樋代木(みひしろぎ)」と呼称される御神体をいれる器には、木曽産のヒノキを使用するように定められているようです。

ヒノキの特徴

ヒノキの特徴↑ヒノキとヒノキの実

材質

  • 細胞が細かい
  • 他の木材と比較しても弾力性がある=揺れに強い
  • 軟らかいので「しなり」がある。
  • 水を吸って乾燥しても原型を維持できる
木の特性

  • 木目にゆがみがない
  • 虫(特にシロアリ)に食われにくい
  • 湿気に強い
  • 多数の特性を併せもつので、薬剤を用いたメンテナンスが必要ない
  • 身体の芯まで染み渡たるようなイイ匂いがする

などです。

このように多数の特性を持ち併せ、さらに何百年もの時を経ても、原型を損なわず維持できる木材は、ヒノキしかないとのことで、社寺建築には必ずといって良いほど、ヒノキが使用されているワケなのです。

社殿を構成するのは木材だけではない!

上述では社殿の造営についてのヒノキ材のことについてお伝えしましたが、他にも注目すべき場所があります。

その部分となるのが社殿の「屋根の部分」に葺かれる(使用される)「萱(かや)」です。

神宮の神域の中には萱が植栽された山が約100ヘクタールほどあります。

「萱」は単に刈り取るだけではなく、刈り取るための時期や管理が重要になってきます。

神宮の式年遷宮において葺かれる萱は、「直径約4cm束の萱」がぬぅあんと!「23000束」!!も必要になります。

このような頑丈で健康な萱を育成するためには、刈り取り時期ではなくてもマメに刈り取りが必要になるようです。

そこで神宮では萱を管理するための部署・営林部を設けて、式年遷宮の5年ほど前から毎年、12月から3月の間、毎日、刈り取りを行うようです。

刈り取った萱はスグに長さを均等にして揃えて、キレイな状態にして保存します。

例えば、萱を切り出した時に長さが短い萱が出来てしまうと、束ねた後で短い萱だけをカラスが簡単に抜きとってしまうんだそうです。

抜かれた部分ができると空間が出来て抜きやすくなり、次々とカラスに抜かれてしまうので型崩れすることになります。

以上のことから、長さを均一にして揃えておく必要があるのです。

神宮ではこの萱葺きの作業に、日本全国の萱葺き職人に声をかけて、もしくは自らの御意志で来ていただき、作業を手伝ってもらっています。

このようにして遷宮には多くの時間と多くの材料、そして団結と言う名の人の力が必要になっています。

終わりに・・

ちなみに上述した萱職人たちにはそれぞれ弟子がいて、次回の遷宮の時には自らが鍛えた愛弟子を連れてきてくれるんだそうです。

これこそがまさに上述した20年の技の伝承といえます。

遷宮と言う大きな目標があってこそ継承され続け、さらに研ぎ澄まされる職人芸であり、これはもはや日本が世界に誇る貴重な文化的遺産と言えます。

そう考えると式年遷宮が日本にとってどれだけ重要な意味合いを成すのかが、身にしみて分かると言うものです。ウフ

スポンサードリンク -Sponsored Link-

    

当サイトの内容には一部、専門性のある掲載があり、これらは信頼できる情報源を複数参照し確かな情報を掲載しているつもりです。万が一、内容に誤りがございましたらお問い合わせにて承っております。また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。

関連コンテンツ